劉院編-02

劉院が学校を休んだ。風邪をひいたらしい。あいつも風邪をひくのか、と当たり前のことに違和感を感じた。何せ普段から生意気なあいつだ。どうせ家でも家族に素直になれず難儀しているだろうと想像して笑ってしまう。少しからかいに行ってやるか、と思いつつも本心はちょっと心配だったりして、丁度昼休みに先生にレポートを受け取ってきてくれないかと頼まれたのでついでに様子を見に行くことにした。ただ、この後もう一度学校に戻らなければいけないのかと思うと少しめんどくさい。というか、なんでよりにもよってレポートの提出日に学校を休むんだ。もう1日くらい根性見せろよ、と無茶苦茶なことを巡らせながら教えてもらった劉院の家を目指した。

「ええっと、2階か…。」

途中コンビニでスポーツドリンクと軽く食べられそうな物を買って、メモに書かれた通りの道を進む。3階建てのアパートを目の前にもう一度メモに目を落とせば"2階202号室"と達筆な文字が確認できた。トントン、と錆びた階段をのぼり202号室の前に立つ。表札はなく人が住んでる気配も感じられない。ここで本当に当っているのか?と疑問を感じつつ呼び鈴を押した。反応はない。

「おっかしいなあ…やっぱ間違えたか?」

困ったな、と思いながらドアノブをなんとなく回してみる。すると、かちゃん、と小さな音をたてて扉が開いた。不用心だなと思いつつ、中に入るのは少し戸惑った。まだこの家が劉院の家であるとは確認できていなかったからだ。出直そうかと扉を閉めかけた、丁度その時。

「あの、」
「…あ、か、勝手に開けてすみません。」

いつの間に部屋からでてきたのかぽつんと1人の女性が立っていた。茶色の長い髪をだらんと伸ばし服装はパジャマだった。顔色はあまりよくない。と、いうより、

「(この人…生気が感じられない…。)」

今、目の前に立っているのに、死んでいるようだ、と女性を見た。まるで生きる屍だな、と思いそこで我に返った。初対面の人になんて失礼なことを。いくら口に出していないと言えど失礼すぎる。自分を叱咤しこほんと咳払いをした。

「あの、劉院君の御宅ですか?先生に頼まれてレポートを受け取りに来たんですが…。」
「あら…劉院のお友達?ごめんなさい…今あの子医者に行ってるのよ…。」
「あ、そうですか…じゃあまた出直します。」
「…多分すぐに帰るわ。上がって待ってて。」

でも、と言葉を濁らせると、女性は力なく笑った。少し、お話しない?と言われ断りきれずにじゃあ、と家にあがった。この女性は見た目年齢的に劉院のお母さんだろうか。ふと、彼女の後ろ姿を見つめ随分痩せているな、と思った。どこか違和感を感じ不思議に思いつつも案内されたリビングに入りソファに座るように促された。しかし、ふらふらしながらお茶を出そうとしてくれる彼女はどこか危なっかしい。俺がやりますよ、と声をかけ2人分のお茶を用意した。

「どうぞ。」
「ありがとう…ごめんなさいね、お客様にこんなことさせちゃって。」
「いえ。気にしないでください。…ところで、劉院のお母さんですか?」
「…ええ一応。でも、もうあの子にとって私は母親ではないかもしれないわ。」

女性の言葉に驚き口を開きかけた。しかし、言葉はあっさりと呑み込まれ口にすることはできなかった。それは、どーゆー意味ですか?と聞くことができずに沈黙が続く。ふと、彼女が顔を上げた。

「劉院、学校でうまくやれてるかしら?」
「あ、はい。それなりにうまくやってますよ。少し生意気だけど、友達もいるみたいだし。」
「そう、よかった…あの子、昔からちょっと人見知りで…友達がいるならいいの…。」

人見知り、と言われればそうかもしれない、と頷いた。初対面の時はあまり喋ろうとしなかったな、とチームを結成した日のことを思い出す。と言っても、俺自身のコミュニティ能力のおかげか、数日後にはそれなりに生意気な本性を現していた気もするが。とにかくそんな感じにその後もお母さんに劉院の様子を聞かれ丁寧に返事をした。あんなことやこんなことがあったな、と少し懐かしくも感じる。どうやら劉院は俺達のことをお母さんに話していないらしい。どれも初めて聞いた、と少し嬉しそうに笑う彼女にそうですか、と相槌を打った。ふと、気づけばここに来てからもうすぐ1時間が経とうとしている。そろそろ帰ってくる頃だろうかと思ったその時、ガチャンと扉が開いた。劉院だった。

「お、劉院。遅かったな。」
「な、んで。」

その場に立ち尽くすように劉院が言った。しかし、すぐに我に返るとちょっと、と言って俺の腕を引っ張る。お母さんが少しだけ声を漏らしたが大丈夫、と視線を送り俺は立ち上がった。劉院と共に廊下に出た俺は、これは、少しめんどくさそうだなと冷静に思考を巡らせていた。

「お前何しに来たんだよ!どうやって…つーか、何、してたんだよ…。」

最後の方は声が小さくて少し聞き取るに難儀したが、1つ1つ丁寧に応えようと息を吐く。

「先生に頼まれてレポート受け取りに来た。ついでに見舞い。住所は先生から教えてもらった。で、ちょっとお母さんと話してた。」

それだけだ、と言ったら劉院の肩から少しだけ力が抜けた。

「母さん…なんて…。」
「いや、別に…質問されてただけだし…。」
「そうか…なら、いい…。レポート持ってくる。」

風邪をひいているからか、少しだけふらふらと足元がおぼつかない劉院に大丈夫かーと声を掛けると大丈夫だ、と生意気な返事が返ってくる。部屋に入った劉院を見送り、リビングに顔を出して心配いらないっすよ、とお母さんに声をかけた。少しだけほっとしたように息を吐いた彼女を横目に劉院が戻る前にと思い再び廊下に出た。数分後、レポートを持って劉院が部屋から出てきた。

「レポート、頼んだ。」
「はいはい。…じゃあ、俺帰るわ。机の上にスポドリとか置いといたから。まあ、お大事に。」

ぽんっと肩を叩き最後にお母さんによろしく、と言って家を出た。大分日が傾き始めたらしくオレンジの夕日が眩しい。トントンと階段を降り、アパートを振り返った。

「劉院…お前。」

なんでもっと早く気付いてやれなかったんだろう。いつから?初めて会ったあの日には既にこうなっていたのか?チームリーダーのくせにチームメイトのことを何も知らないんだな、と少し自嘲気味に笑った。とりあえず学校に戻らないとな、と思い歩き出きた。しかし、まっすぐ学校に戻る気にもなれず、まだ少し時間もあるしいいかな、と行きつけのカフェに足を運ぶ。カラン、とドアベルが鳴りいらっしゃいませーと聞き慣れた声に出迎えられた。

「あれ、隼人さんは。」
「さっき買い物に行ったよ。」
「まじかよ…。」

タイミングが悪いな、と思いながらバイト中の蜜にいつものくれ、と伝えカウンターに座った。はあ、と溜息をつくといつの間にこちらに来たのかさっきまで別の客の相手をしていた宗一郎が疲れているのか?と聞いてきた。

「疲れてる…でも、俺じゃない。」

だらんとカウンターに突っ伏したと同時に蜜がいつものコーヒーをコトンと置く。丁度話が聞こえたらしい彼が宗一郎の顔を見てどうしたの、と問うが肩を上げさあ?とジェスチャー。頭上で2人が変な奴だな、と首を傾げるのが分かった。

「(変、かあ。あいつにとって、あれは変じゃねーのかなあ。)」

顔を上げコーヒーを一口飲む。砂糖が一切入っていないそれは相変わらず苦かった。
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