衝突編-08

建物同士の隙間から目的地である学院がチラリと顔を出す。あと少し、あと少しで学院にたどり着くというところだった。学院の方ばかり気にして前をよく見ていなかったユランに突然衝撃が加わった。驚くよりも早く尻もちをつき、硬いコンクリートに着地する。いったあ、と声を上げてから、はっと我に返り顔を上げた。

「わああ!ご、ごめんなさい!よく前を見ていなくて……!怪我は……って、伊折君!?」
「いってぇ……あ、ユランさん」

ぶつかってしまったであろう人物に手を差し伸べると、そこには見慣れた黒髪の男の子が痛むらしい頭をおさえながら座り込んでいた。それは、ついさっき電話したはずの人物で、ここにいてはいけない人物だった。

「伊折君どうしてここに!?危ないから学院にいるようにって伝えたよね?」
「それどころじゃないんですよ!」
「伊折!」
「香折兄ちゃん……」

伊折が慌てて立ち上がる。何も分からないユランが首をかしげていると、ふいに数メートル先から伊折を追ってきたらしい香折が駆けつけ息をついた。

「落ち着けって、気持ちは分かるけど……お前は学院に戻って待ってろ。俺が探してくるから」
「嫌だ!」

伊折が香折の手を払いのける。一瞬戸惑った香折だが少しだけ困った顔ですぐに伊折の手をしっかりと掴んだ。

「頼むから……兄ちゃんの言う事聞いてくれ」
「こんな時ばっか兄貴面すんなよ!学院に入ってからまともに兄貴なんかやらなかったくせに!」
「ちょ、ちょっと2人とも落ち着いて!」

急に声を荒らげる2人の間を割り入るようにユランが押しのける。もう一度落ち着いて、と語りかけると、香折が深くため息をつき、伊折は不服そうにそっぽを向いた。つい数時間前に相棒以外の世話を焼くのはごめんだと思っていた矢先の出来事で思わず心の中で勘弁してくれと悲鳴をあげた。どうも自分の周りには不器用な人が多すぎる。

「たくっ……めんどくせえな!分かった!こうしよう!ユラン!」
「へ!?は、はい!なんでしょうか……!」

イラついたように頭をかいた香折に名前を呼ばれびくりと肩を震わす。嫌な予感がすると思いつつも反射的に返事をしてしまった。彼はふいに空を指差した。

「飛べ」
「……え?」
「いいから飛べ!早く!今すぐ!」

ユランがきょとんとした顔で問い返すと「聞こえなかったのか?飛べって言ってんだよ!」と再び命じられる。あまりの気迫に思わずはいと震えながら返事をした。
仕方ないと諦めていつものように自身の能力の一つである白の能力を発動させる。ぶわりと一瞬風が吹き、驚いた伊折が一歩後ずさる。細めた目を開けた時には、ユランの背中に大きな青い翼が生えていた。

「っ……」

目を奪われるほど美しいそれに、一瞬ため息がでる。ユランのそれを目にするのは別に初めてではない。しかし、何度見ても恵まれた能力だと、そう思った。見るだけで人を幸せにしてしまいそうな、青い翼。そんな青い翼を、ふいに大きく広げとんっと軽く地面を蹴る。

「木ノ瀬がまだどこかで歩いているようなら教えてくれ」
「ええ、見えるかなあ……」

なるほど、と伊折が頷いた。地上から探すよりも上から探す方が明らかに効率がいい。頭の悪い兄にしては名案だと関心していると、ふいに頭上でユランの驚いたような、慌てたような、いや……もっと深刻な、上ずった声が耳に入る。伊折が頭をあげると、そこには青ざめた顔をしたユランがいた。心臓が跳ね上がる。

「ユラン!距離と方角は!?」
「え、ええっと、南東に700mくらい?」
「それだけ分かれば充分!」

香折が指を鳴らすと氷で模られたツバメが現れる。それを見たユランがすぐに考えを読み、先に行きますとだけ答え飛び去って行った。それを追うようにツバメが空を飛行する。

「香折兄ちゃん……!姫はいたのか!?」
「あの様子ならいたんだろな。……多分、先生もだけど」

先生も、というその一言に、伊折の心拍数が跳ね上がる。手が震えるているのが自分でもすぐに分かった。先生が、あの人が帰ってきたのだと理解した途端、恐怖で足がすくむ。何故だろう、昔はあんなに大好きだった人なのに、今はちっともそんな感情は浮かばない。当たり前だ。何故なら先生は、チームメイトを帰らぬ人にした張本人なのだから。

「伊折」

ふいに名前を呼ばれ、顔を上げる。すると、そこには悲しそうに笑う兄がいた。

「そんな不安な顔すんな。……絶対守るから。もう、誰も死なせたりしねえから。」
「……香折兄ちゃん」
「それより、どうせ帰れって言っても聞かねえんだろ?……行くぞ」

心底不服だという顔をしながらも、香折は伊折の背中を押した。兄の手に押され、そうだ、と我に返る。今は怯えている場合ではない。守らなければならないものがすぐそこにある。

伊折はしっかりと頷いて、走り出した。
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テーマ「人外ファンタジー」
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