シェルツ編-01

「すみません、マーマレードはありますか?」

カウンター席に仲良く3人で並んで座っていた少女がテーブルに置かれたコーヒーを指さした。隼人は一瞬迷い、念のためといつものように問いかける。

「マシュマロは?」
「2つお願いします」
「……ちょお待っとってな」

二つ、と答えた少女を横目にそっと戸棚からそれを取り出し小皿に取り分ける。もう一度少女に視線を向けると隣に座っていた少年と目が合った。早くしろ、と言いたげなその視線にやれやれとため息をつく。

「珍しいお客様やな……」




***

「御三方のご注文は?」

21時を回り店を閉店させた後、隼人はアルバイトの学院生達を先に帰宅させ、カウンター席に座っていた少女達に声をかけた。歳は16から18といったところだろうか。アルバイトの学院生達とそう変わらない歳の3人だった。

「探してほしい奴がいる」

そう言ったのは先程目が合った少年だった。その少年の左隣には雰囲気の柔らかい少年とマーマレードとマシュマロを所望してきた小綺麗な少女が黙って座っている。

そもそも、マーマレードとマシュマロなんていうものは普段のメニューには存在しない。しかし、隼人は慣れた手つきでそれを提供した。それは、いわゆる裏メニューというやつで、その中でもマシュマロを2つ所望する場合は特に相手を選ぶものだった。つまり、副業である仕事の依頼の合図である。

「探してほしい人なあ……まあ、つまりその人の情報が欲しいわけやな?ええけど、その前に、誰の紹介なのかだけ聞かせてくれへん?」

隼人の副業である情報屋は客を見極めるのが難しい。あまり綺麗な仕事ではないこともあってそこはいつでも慎重だった。こんなに若い子が……と思いつつも警戒しておくにこしたことはないだろう。

「……ミチェルノ、誰だったか覚えてるか?」
「誰でしたっけ〜?」
「ルネは?」
「確か……海……天ノ川海という男だ」

ミチェルノと呼ばれた少年の気の抜けた返事に少し不安を感じた矢先、ルネと呼ばれる少女が口にした人物の名前に思わず目を見開く。

「そうだ、そんな名前!あの胡散臭いおっさん!」
「いつどこで会ったんかも聞いてもええか?」
「私達の住んでた街……ドイツにある」
「ちょうど二年前くらいですね?日本人はあまり見かけない街なのでよく覚えています。日本に探したい人がいると話したらここを訪ねるといいと教えてもらいました」

ニコニコと笑みを浮かべながらミチェルノがそう言った。二年前、先生はドイツにいたのかと、隼人は驚きため息をつく。思わぬところで恩師の足取りを知ったものの、複雑な気持ちだった。

「どこで何をしてたのかと思えば、まったく困った人やで」
「それで?依頼は受けてもらえるのかもらえないのか、はっきりしてくれ」
「……ええで、先生の紹介なら断れるはずもないしなあ」

いつから自分が情報屋を営んでいることを知っていたのかは分からないが、もう全て過ぎた話だ。今更気にするのはやめよう、と隼人は目の前に座る三人を改めて見据える。

真ん中に座る少年は赤い髪を束ねた強気そうな少年、その左隣に座るミチェルノという少年は口調こそ丁寧だが何を考えているのか分からない不気味さを感じる。そして右隣に座るルネは人によっては少年にも見えるような顔立ちで、うっすらと気品を感じた。なんとも奇妙な組み合わせだった。この子達はどういった関係で一緒にいるのだろうか。単なる友達、という軽い関係のようには見えなかった。

「探してほしいのは2人いるんだが」
「何か手がかりになるようなもんは持っとるか?」
「片方は写真があります。何年も前の物なので、役に立つかは分かりませんが。もう片方は名前しか知りません」
「写真があるならそっちは案外なんとかなりそうやなあ。問題はその名前しか知らん方か。とりあえずその写真見せてもらおか」

ミチェルノは頷きながら写真を取り出すために鞄をあさりはじめる。しばらくして出てきたのは真新しいパスケースだった。そこから大事そうに写真を取り出し隼人の前に差出す。

「この子です。左端に写っている、この子」
「名前はウィル」
「この子は……」

心当たりがあるのか?と少年が問う。確かに、見覚えがあるといえばある子であった。しかし、その人物とは名前が違う。隼人は少しだけ考え込むように天井を仰いだ。

(似とるといえば似とる。でも名前がちゃうし他人の空似やろか。あんまり確証のない情報は渡したくないしなあ、一度調べた方がよさそうや)

瞬時にそう判断した隼人は黙って首を振って見せた。すると期待したらしい三人が肩を落とす。少しだけ罪悪感を感じつつ、話を続ける。

「もう一人の名前は?」
「タダシという日本人の男。歳は……正確には分からないが恐らく20代後半から30代前半」
「なるほどなあ……まあ、とりあえず調べてみないことにはって感じや。ほんなら、情報が入ったら連絡するさかい、連絡先と名前を教えてもらおかな」

ペンと紙を渡しさらりとそこに記入するように促すと、代表して真ん中の少年がペンを受け取り文字を書いていく。日本語を書くのは得意ではないらしく時々両隣の二人に確認を取る。先ほどの真新しいパスポートといい、日本に来たのは今回が初めてらしい。ドイツからわざわざやってきたということはそれほど大事な人物なのだろう。隼人はもう一度写真の左端に写っている人物を眺めた。水色の髪の如何にも幸が薄そうな少年だった。

(……やっぱり、似とる。他人の空似にしては似すぎやな)

「書いたぞ」
「おおきに。それじゃ、依頼はしっかり受けさせてもらうさかい安心したって。」

連絡先の書かれた紙を受け取ると、真っ先に名前を確認しようと視線を落とす。ふいに、隼人は言葉を飲み思わず三人の顔を凝視した。

「何か問題あるのか?」
「いや、その……名前がな?」
「なんだよ。俺は、ルゥ。――ルゥ・シェルツだ」

隼人は確信した。彼らの探し人は、すぐ近くにいる。
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