衝突編-07

ことん、と紅茶の淹れられたカップが理科室の実験台に置かれる。それを淹れた本人であるリラが落ち着かない様子で時刻を確認し、そっと室内を見渡した。見慣れた顔の生徒達と自分と同じ教師が1人。神妙な面持ちで思い思いの席に座っていた。

「伊吹君に限って一番最後に集合なんて…。」
「あの人達の事だ。どうせ麗美さんが見つからないか、くるみさんが駄々をこねているか…巽さんが食堂から動かない。俺はくるみさんに賭ける。」
「じゃあ俺は巽に賭けよう。」
「ならば私は麗美にしようかのう。」

朱い髪を揺らしながら黒板から近い席に座っていた幸隆は未だに1人も集まろうとしないチーム白虎の面々の顔を思い浮かべた。軽い冗談で場を和ませようとしたらしい彼の言葉に椎橋一族の2人が楽しそうに頷く。すると、さっきまで幸隆の正面で黙って座っていた学が急に立ち上がり、あのなあ!とため息をつきながら幸隆を睨みつけた。

「今冗談とか聞いてらんないんだよ!緊張感とか…。」
「学は相変わらず石頭だなあ。お兄ちゃんそんなふうに育てた覚えはないんだけど…お姉ちゃんかな?」
「私もそんなふうに育てた覚えはないのお…。」
「いつ誰がお前らの弟になったんだよ!」

突然始まった茶番劇に学がふざけるな!と怒って見せる。しかし、2人は楽しそうに笑って隣に座っていた充代に混ざる?と問う。少しだけ考えてからゆっくりと頷いた充代にお前まで!と頭を抱えるように座り込むと、近くにいたノンがよしよしと頭を撫でた。

「…じゃあ…私は妹?学と私、どっちが末っ子かな…?」
「学の方が誕生日が早いから充代が末っ子だなあ。末っ子な充代ちゃんはいい子でお兄ちゃん嬉しい。」
「方向音痴なのがたまに傷じゃがな。」
「それは言わないお約束。」

適当そうに見えて案外しっかりしているのが朱雀幸隆という生徒だった。幸隆をリーダーに、椎橋仁恵、石附学、永住充代が結束を固めているチーム、それがチーム日本刀。かつて天ノ川海を恩師にもった生徒達の一員だった。

そんなチーム日本刀のいつも通りの仲良しな様子を見たリラもつられて笑みを溢す。理科室に聞き慣れないメロディが響いたのはそんな矢先のことだった。

「…俺か。」

チーム日本刀の様子を黙って眺めていた香折が携帯電話を取り出す。表示されていた見慣れない電話番号に首をかしげながら通話ボタンを押すと、病院で眠っているはずのチームメイトの声に驚き声を漏らした。そんな香折の様子にその場にいた全員が敏感に反応する。

「お前目が覚めたのか、よかった。…そんなに慌ててどうしたんだよ。……木ノ瀬達?木ノ瀬ならさっき帰ってくのを見たけど。」

急に出てきたチームメイトの名前に伊折の脳裏を一瞬、嫌な予感が走る。

「香折兄ちゃん…姫が、どうかしたのか?」

会話を終えたらしい香折が通話を切断しながら深くため息をついた。一瞬、伝えるかどうか迷ったのか、目が泳ぐ。しかし、もう一度伊折が香折の名を呼ぶ。

「…お前ら、今すぐチームメイトの安全を確認しろ。」
「どういうことですか?」

不安げにリョクが問う。花鈴が香折の言葉を聞くよりも早く携帯電話を取り出した。

「先生の狙いは、お前達のチームメイトらしい。」

伊折が、言葉を聞き終えることなく立ち上がり理科室を飛び出した。その時ようやく到着したらしいチーム白虎の面々を押しのけ、廊下を全速力で駆けていく。チーム白虎が驚いて思わず伊折の名を呼んだが聞こえていないらしい。そんな弟の様子にこればかりは止められるはずがないと頭を抱え、思わず舌打ちした。

「全員安全だと判断できるまでここにいろ。リラ、こいつらのこと頼んだ。俺も行ってくる。」
「…気を付けてね。」
「香折先生、何があったんですか?」
「伊吹、悪いが詳しい事はリラ達に聞いてくれ。」

伊折は恐らく帰宅したと聞いた姫の元に向かったのだろう。となると、劉院と林檎の安否が確認できない。リョクと花鈴についでに確認してくれと一言頼み、香折も理科室を後にする。そんな2人を見送ってから、幸隆がぼそりと呟いた。

「帰るか。」
「幸隆さん?何を仰っているんですか…?」

幸隆の言葉に信じられないと華菱が問う。すると学が慌てて幸隆を揺さぶった。

「ついにおかしくなったのかユキ!先生にここにいろって言われただろ!」
「安全だと判断できるまでって言っただろ。つまり、安全なら帰宅してもかまわないわけだ。」
「…どういう意味じゃ?」

そのままの意味だ、と呟いてから今到着したばかりで状況を理解できず首をかしげているチーム白虎に遅刻の理由を問う。伊吹がげんなりと肩を落として「麗美が見つからなくて…。」と答えると降参のポーズをとって首を振った。遅刻の原因である麗美は反省する様子もなくにこにこと笑っている。

「賭けは仁恵の勝ちだな。」
「ならば賭けの報酬にお前の意見を聞かせてもらおう。」

今まで一番後ろの席に座ってうつ伏せに眠っていた穂希がチラリと幸隆を見据えた。

「先生はもう俺達に興味がないんだろう。見限られたのさ。……元チームティナを除いての話だが。」

元チームティナという言葉に息をのんだ。理科室が一瞬で静寂に包まれる。花鈴だけが、連絡が取れそうにないシェルツに電話をかけ続けていた。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -