衝突編-06

突然の出来事に頭が追いつかない。何もできずただ次にやってくるであろう痛みに思わず目を瞑った。しかし、いつまでたってもやってこない痛みに、恐る恐る瞼を開く。

ぽとりと、2発の弾丸が足元に転がった。

「……ふうん、なるほど。」

男が納得したように頷いた。それと同時に姫はその場にぺたんと座り込む。何が起こったのだろうか。確かに男は銃口を彼女自身に向けて引き金を引いていた。しかし、届かなかった。

焦りと混乱の渦に飲み込まれ動けずにいると男がさっきと同じように笑いかける。とても優しい微笑み、しかし、背筋が凍るような微笑み。

「命拾いしたね?今回は見逃してあげる。」

そう言いながら、もう一度姫に銃口を向けた。言葉と行動が矛盾している。再び乾いた破裂音が静かな住宅街に鳴り響くと同時に聞こえた微かなうめき声。驚いて振り返ると、地面がゆっくりと赤く染まっていく。

「代わりに君でいいや。」
「シェルツ君…!」

よろめいたシェルツが間近にあった電柱に思わず寄りかかる。その時ようやく彼に助けられたのだと姫は理解した。

「隼人君の情報通りだと君はある一定エリアの気圧、空気の濃度を調節して真空空間を作り出す能力…あの一瞬で能力を発動させたことは褒めてあげるよ。」
「隼人さんを、襲ったのは…。」
「僕さ。日本に帰ってきたのは久しぶりだからね。ある程度の情報が欲しいと思うのは当たり前だろう?」

ねえ?と姫に同意を求めると、びくりと肩を揺らした彼女を見て満足そうに持っていた銃を撫でる。ふいにそれを懐に片付けると同じ場所から代わりにナイフを取り出した。

その場から動かずにいた男が初めて歩み出す。怯える姫の横を通り過ぎた彼はシェルツの服を乱暴に掴み手繰り寄せる。そして迷いなく喉に獲物を突きつけた。

「どうする?このままだと死んじゃうよ。」
「や、やだ…やめて…やめてください…!お願い、します!」

今まで何もできずに座り込んでいた姫が思わず懇願する。その瞳からはポロポロと涙が零れ落ちていた。シェルツはただ男を睨みつけている。

「貴方は一体何者なんだ。」
「君達何も知らないんだね?信用されてないの?」
「…?」

意味が分からないと言いたげなシェルツに、男は哀れむように言葉をかけた。

「僕は天ノ川海。天ノ川陸の父親で、元学院教師で、伊折君達…花鈴ちゃんの恩師みたいなものだよ。」
「そんな…。」
「陸さんの、お父さん…?」

天ノ川海と名乗った彼の言葉に2人は驚き声を漏らす。陸には今まで幾度となくお世話になっているだけあり、彼の正義感溢れる性格から俄かには信じられないと、目を見開いた。そして、己のリーダー達の恩師だという彼が、そんな人物が、何故こんな事をするのか。到底理解ができなかった。シェルツが思わず「冗談はよしてくれ」と呟く。

「冗談なんかじゃないよ。本当に何も知らないのかい?」
「……知らない、何も、聞いていない。」
「ふうん…じゃあ、やっぱり信用されていないんだね。」
「っ…!」

海の言葉に、何も言い返せなかった。確かに、自分達はあの3人の事を何も知らない。知っているのは2年前まで同じチームとして活動していた事くらいで、何故解散したのか、もう1人のチームメイトはどうしたのか、何も聞かされていなかった。しかし、それは本人達にとって胸にしまっておきたい事なのだろうと、そう思っていた。信用されていないから話してくれないだなんて、思ってもいなかった。

「自分達は信用されてるって、そんなことないって、言い切れる?」
「それは…。」

シェルツがぐっと拳を握った。言い切れないよね?という彼の言葉が胸に突き刺さる。否定する事などできなかった。

「伊折さんが、もう1人のチームメイトは自分達を庇って亡くなったって…。まさか…。」

ふいに、何かに気がついた姫が恐る恐る口を開いた。すると、海が嬉しそうに「なんだ知ってるじゃないか」と相槌を打つ。

「殺したのは僕だよ。」
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テーマ「人外ファンタジー」
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