衝突編-05

先生の、何もかもを見透かしているというあの目が苦手だった。あの子達を見つめる視線に、違和感を感じていて、いつかあの子達を押しつぶしてしまうのではないかと、なんとなく思っていた。

でもまさか、本当にあんなことが起きるなんて思わなくて、もしかしたらあの時、あの人に何か伝えられていたら、未来は変わっていたのかもなんて、きっと幻想。先生は話なんて聞いてくれない。だって、あの人が向けるあの目は、まぎれもなく――。

「……眩しい。」

隼人が目を覚ましたのは夕方すぎ、太陽が沈もうとしている時間帯だった。夕日が眩しく、思わず目を細める。どのくらい寝ていたのだろうか。

いや、まず、自分は生きているのかと一瞬不安がよぎる。重い身体を無理やり起こしたその時、腹部にするどい痛みが走った。そこで初めて、襲撃された時のことを思い出す。

「あかん…あれは、先生やった。それに、あの言い方、あれじゃまるで…。」

身体が震える。未だかつてないほどの恐怖だった。あの日の景色、あの日の恐怖、何もかも同じだ。ダメだ、こんなところで寝ている場合ではない。早く、伝えなければ…誰か、誰に?香折?陸?いや、誰でもいい。誰でもいいから、伝えなければいけないことがある。今ならまだ間に合う?間に合ってくれ…!

縋る気持ちで、ベッドから立ち上がる。その途端、隼人はがくりと床に崩れ落ちた。足がうまく動かない。そういえば、足を真っ先に打たれたっけと思いだす。

「足…しばらくは動かせそうにないなあ。…はは、あの日と同じ…結局先生は俺の話なんか、聞いてくれないやんかあ…。」

悔しくて、涙が出た。今でも覚えている。隼人を見つめる視線、あれは、紛れもなく憎悪。そんな相手の話を聞いてくれるわけがない。当たり前のことだ。分かっていたじゃないか。

『あの頃から君が憎くて仕方がなかったんだ。だから、あの子達の情報だけ貰って君はすぐに殺す。ずっと、決めてたんだ。』
『先生…なんでや、いつ帰って…。ちゃう、先生、俺の話を――。』

言葉を紡ぐことすら許されなかった。真っ先に自分を捉えようと何かが走る。それに驚き、身をひるがえした瞬間、足に二発。あっという間に目の前に迫っていた先生に腹部を切られた。昔と何も変わらない先生の戦い方。分かっていたはずなのに、何もできなかった。いや、何も変わっていないのは自分の方だと思い知らされた気がして、愕然と夕日を眺める。

「隼人?」
「…響明。」
「良かった…!目が覚めるのは明日だって聞いてたから驚いた。…隼人?」

お見舞いに来たであろう響明に声をかけられ、我に返る。今は、自分のことなんかどうだっていい。

思わず、駆け寄ってきた響明の服を掴んで声を張り上げた。

「響明!香折に、陸達に伝えてほしいんや…!あの人の、先生の狙いは伊折君達ちゃう!」
「ちょ、落ち着いて…。」
「そんなん言ってられん!先生の狙いは、姫ちゃん達や!!」


***

姫が校門を出ようとのんびり歩いていると、ふいに後ろから声をかけられる。振り向けば、そこには自身のチームリーダーの兄で、実践授業を担当する香折の姿があった。

「今帰りか?」
「はい。今日はお先に失礼します。」
「…気をつけて帰れよ。」
「…?そういえば、さっき伊折さんがちょっと慌てた様子で先生のこと探してましたよ。」

伊折が?と香折が少しだけ首をかしげた。はて、何かしただろうか。最近は特に喧嘩もしてないし、うまくいっていたと思うのだが…めんどうなことじゃなければいいなあ、なんて困ったように頭をかく。そんな香折を姫がにこにこしながら見つめた。なんだよ、と問われ、慌てたように言葉を濁らせる。

「なんだかんだ、仲良しっていうか…大好きなんだなあって、思って。」
「…まあ、手のかかる子程可愛いっていうしな。」

少しだけ照れたように香折がそっぽを向いた。いたたまれなくなったのか、また明日なと言って校舎に姿を消す。そんな様子に、思わず笑みがこぼれた。平和な日常、なんてことのない日常。そんな日常が、心地よかった。

「伊折さんに直接言ってあげればいいのに。」

ふふ、と笑いながら今度こそ校門を後にする。姫は電車通学のため真っすぐ駅を目指して歩いた。帰宅者の多い夕方は電車の本数はそれなりに多い。そのため特に急ぐ必要もないだろうと、いつものようにのんびり帰宅することにした。

明日の授業は何だったかなと少しだけ思考しながら歩いているとふいに見慣れた人物を見つけ、ぴたりと足を止める。見慣れた青い羽のイヤリングが揺れた。

「ユランさんだよね…。でも、夏なのにコートなんて着てどうしたんだろう…?」

夏だというのに、秋から冬にかけてよく着ている茶色のコートを身にまとっている。フードまで被って、もしかして具合が悪いのだろうか。それならば手助けすべきだろう。そう感じ、ゆっくり近づく。

「…ユランさん?」

返事がない。

返事ができない程、具合が悪いのだろうか。もう一度、名前を呼んでみる。

「大丈夫ですか?具合が悪いなら、私誰かに連絡しますよ…?」
「ふふ、なるほど、君は本当に優しい子だね。」
「ユランさん…………違う、誰?」

男から発せられた声は、明らかにユランのそれとは違った。姫が一歩、後ずさる。

「イヤリングのことすっかり忘れてて、適当に急いで作ってみたんだけど案外騙せるね。やっぱり君はまだまだ未熟だ。」

男がフードに手をかけ、それを肩に落とす。40代くらいの、見知らぬ男だった。

「誰…。私に、何か…。」

姫は何とも言えない恐怖に肩を震わせた。男は優しく微笑みながら「怯えなくてもいいよ」と言う。しかし、言葉とは裏腹に、手に持っている黒い銃が姫に狙いを定めていた。

「君に恨みなんてないけれど、彼等のために死んでおくれ。」

日常が、壊れる音が聞こえた。
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