衝突編-01

季節は夏へと移り変わり蝉の鳴き声が板についてきた頃。隼人は自室で数枚の資料に目を通し、ため息をついた。じわりと汗が滲み、ふと思い出したかのようにクーラーの電源をいれる。

「あかんわ、まったく掴めへん。さすがやな…。」

天ノ川海の行方を追い続けて早数年。未だにまったくといっていいほど情報が掴めない彼は隼人の、いや、隼人達の恩師であった人物である。数年前のとある事件をきっかけに行方をくらませた彼を探し続けているはいいが情報収集を得意とする隼人の網にも中々かからない。前途多難、むしろ生きているのかすら怪しく感じる今日この頃。難しいなあ、ともう一度ため息をついた。

「休憩…。」

ぐっと伸びをし立ち上がると、冷蔵庫から冷たい麦茶を取り出してコップに注ぐ。チラリと時計を確認するとちょうどお昼ご飯の時間を針が示していた。

本業であるカフェは定休日であるため、簡単に済ませてしまおうと冷蔵庫の中身を確認する。昨日の夕飯の残り物と卵を取り出しさっと目玉焼きを作ると、綺麗に焼けたそれをパンの上にのせ、テーブルの上に並べた。ふいに、聞き慣れたメロディが響き、ポケットからそれを取り出す。画面に映し出された幼馴染の名前を見て苦笑いを浮かべつつ通話ボタンを押した、その途端。甲高い声が隼人の耳を突き抜けた。

『ちょっと出るのが遅いんじゃないの!?』

3コール以内に出たはずなのだが、言い訳をすると後々がめんどくさいと判断し堪忍なあと素直に謝る。もう、と少しだけ怒ったように幼馴染である涼芽がため息をついた。それで?と続きを促せば今度は少しだけわくわくしたように聞いてよ!と声を上げる。

『今日ね、珍しく私も陸もユランもお休みなのよ!それで、天と翡翠にも聞いてみたら午後は暇なんですって!隼人もお休みよね?』

そこまで話を聞いて涼芽が言おうとしていることを理解した隼人が教師組はいつ頃なん?と問う。

『早ければ18時には行くって。』
「了解。何が食べたいん?」
『なんでもいいわ。隼人の料理はどれも美味しいから!』
「おおきに。ほんなら皆の好きなもん作って待っとるわ。」

楽しみにしてるわと涼芽が頷き、ほんならまたあとでな、と通話を終える。ふと冷蔵庫の中身を思い出し、買い物に行かないと足りないなあと思考を巡らせた。酒類は恐らく香折あたりが買ってくるだろうから心配はいらない。元々自分が酒に強い方ではないため家にその類はほとんどないのを知っているからだ。

「まあ呑む奴らは呑む奴らで準備してもらって…。」

何を作ろうかな、と仲間達の好きな食べ物を思い浮かべる。数分考え込み、よし、とお昼ご飯をお腹に詰め込むと皿を水につけてから財布と携帯を持ち裏口からそっと日差しの強い外に踏み込む。鍵をかけ、とんとんと階段を降りると、ふいに人影が目に映った。店の裏は少々薄暗く人通りもあまりないため珍しいなあ、と、しかし特に気にすることなく横切ろうとしたその刹那。

「…ああ、本当に学院をやめてしまったんだね。」

懐かしい声が、隼人を呼び止めた。びくりと肩を震わせ、足を止める。鼓動が早まるのを感じ、ゆっくり、恐る恐る振り返ると、にこりとその人が微笑んだ。

「残念だなあ、能力がなくたって君なら立派な団員になれたのに。」
「う、そ、やろ…。なんで…。」
「久しぶりだね、隼人君。」

懐かしい声が、微笑みが、身体を縛り付ける。あまりにも突然のことで動揺したのか、一歩も動けない。いや、違う。これは確かに、

(――殺気。)

乾いた破裂音が、路地裏に響き渡る。

隼人の脳裏で、あの日の光景が浮かび上がった。

「また、あの子達を…。」

裏切るつもりなん?……先生――。
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