蜜柑編-03

はあ、と何度目か分からないため息をつき相変わらず図書室の机に突っ伏すようにしてただ流れる時を無駄にしていく。俺は一体何をしているんだ。いくら気が立っていたとはいえ姉に八つ当たりしてどうするっていうんだ。

「みーかん。」
「なんだよ。今自己嫌悪中だからほっとけ。」

ふいに聞き慣れた声で俺の名を誰かが呼ぶ。誰か、なんて顔をあげなくても分かる、黎溟だ。今は授業の真っただ中だぞと思ったが自分の言えたことではないと言葉を飲み込む。重い体を起こし、何か用かよと聞くとチームメイトが探してたぞと短く言われる。

「ああ…忘れてた…いや、わざと忘れてた。」

そう答えれば少しだけ目を細めてふうんと頷く。黎溟が俺の隣に座って特に何かを言うこともなく頬杖をついた。

「………言いたいことがあるなら言えよ。」

いっそのこと、馬鹿にしてくれたらいいのに。お前は本当にダメな奴だなって、はっきり言ってくればいいのに。そうしたら、

「俺だって、諦めがつくのに…。なんで、誰も言ってくれねえんだよ。」

そもそも俺はなんでこの学院に入ったんだっけ?最初は姉が学院に入りたいって言い出したんだ。俺は?俺はただ親にじゃあ一緒にと促されて入っただけだ。そうだ、俺がここにいる理由なんて親に言われから、姉が行くと言ったから、目的なんてない。この学院に、俺は必要ないんだ。

「いっそのことやめてしまおうかな。」
「それはダメ。」

今まで黙っていた黎溟が間をおかずそう言った。驚いて視線を向ければ、また何も言わずに頬杖をついてにこにこ笑う。なんだよ、気持ち悪いな。

「なんで。」
「なんでだと思う?」
「…今日のお前気持ち悪っ。」

我慢できずつい口が滑る。酷いと笑いつつも特に気にした素振りを見せない黎溟。本当に今日のお前はなんなんだ。考えていることがさっぱり分からん。

「蜜柑はさ、どうせ俺なんか必要ないって思ってんでしょ?」
「…本当のことだろ。」
「本当に?」
「…。」
「本当にそう思ってる?」
「な、んだよ…お前、さっきからなんなんだよ!」

思わず立ち上がってまた怒鳴る。しかし、すぐにこれではさっきとまったく同じだと我に返り、俺はただその場に立ち尽くした。どいつもこいつも、結局俺のことなんかどうでもいいくせに、なんで、優しくするんだ。そんな慈悲はいらない。誰でもいい。誰でもいいから、早く―。

「俺を突き放してよ…。」
「蜜柑。」

声が震える。思わず、涙がでそうになって、それをぐっと堪えた。

「役立たずなんて、早くやめちまえって、言ってくれよ!姉貴がいればそれでいいって!俺を必要としてくれる人なんて、」
「いる!いるよ!蜜柑君!」

突然、背後に誰かの体重がのしかかる。黎溟とは違う、高い声に驚いて振り返ると、そこには俺よりも一回りも小さい逢見がいて、必死な目で俺を見つめていた。

「お、前いつから。」
「ずっといたよ。俺が来るよりも早く。」
「馬鹿、なんで、」
「必要としてる人、いるよ!」

もう一度、逢見がそう言って俺の手を握る。最初からいたなら言ってくれればいいのに、そうしたら、こんな格好悪いところ見せなかったのに、なんて、少しだけ後悔しつつ、首を振る。

「なんで、そう言い切れるんだよ。俺は、チームメイトにも平気で迷惑かけるし、姉貴に、親友にまで八つ当たりするような奴だよ。」
「そんなことない!それは、蜜柑君が頑張ってきたからだよ!でも、ちょっと頑張りすぎちゃっただけだもん。頑張りすぎて、溢れちゃっただけだよ!」
「違う、そんな、綺麗な話じゃない!」

びくりと、逢見が一瞬肩を揺らしたのが分かる。俺はただ俯いて、もう一度違うと呟いた。俺は、逢見が思っているような綺麗な人間じゃない。ただ、周りの重圧に耐えられなくて、逃げ出したくなったんだ。いっそ逃げ出してしまえば楽になれるんじゃないかと、誰かが突き放してくれるのをずっと待ってた。もう、自分1人じゃ立ち上がれなかったんだ。

「お、れは、ただの弱虫なんだよ…。」
「弱虫でもいい!」
「なっ…んで。」
「それでも、私には、蜜柑君が必要だから!」
「っ…。」
「俺も、蜜柑がいないと困るなあ…。それに、お前のこと必要としてるのは俺達だけじゃないよ。な?」

黎溟が、図書室の入り口を指さした。視線を向けると、ばれちゃった、と言って双葉が顔を覗かせた。なんだよ、どいもこいつも隠れてばっかいて、俺ばっか情けねえだろ。

「蜜柑の馬鹿ー!必要に決まってるじゃん!私達4人でチーム蒲公英だよ!」

少しだけ怒ったように双葉が俺の背中をぽかぽか叩く。逢見がちょっと、乱暴しないでよ!と言うので、思わず喧嘩すんなよ、となだめてみせた。

「な?分かっただろ蜜柑。お前は突き放してもらいたかったんじゃないんだ。お前は、」

ああ、そうだ。黎溟の言う通りだ。俺は、確かに逃げ出したかった。もう、1人じゃ立ち上がれなかった。でも、それ以上に、

「誰かに、必要とされたかった…。」
「…蜜柑、あのね。花鈴さんからの伝言。」

我慢してた涙がまたあふれ出てきて、思わず眼鏡を外した。そんな俺の服の裾を双葉が引っ張る。なんだよ、と聞くとにこりといつも通りの笑顔を見せて口を開いた。

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