劉院編-07

ドアノブを掴もうと傘を閉じたのとほぼ同時、前触れもなく空がぴかりと光る。一瞬、ぴたりと静止し空を見上げた。その直後にどこか遠くで雷が轟く。深く息を吐き出すと今度こそしっかりと掴んだドアノブに力をこめる。内側へと押し出された扉はカラン、と小さなベルを鳴らし、いらっしゃーいと聞き慣れた声が俺を迎え入れる。

「あれ、1人なん?てっきり伊折くんと一緒かと思っとったわ。雷鳴っとるけど大丈夫やった?」
「途中まで伊折といたんだけどよ…事態が事態だからな。それに、今は音が遠いから…。」
「先生は大変やなあ。」

佐折に頼まれた買い物に無理やり伊折を連れ出したのは雷が鳴っていたからで、そんなことを知らない弟は文句を垂れつつしぶしぶと言うように家を出た。成人男性が雷が怖いだなんて恥ずかしくて弟には絶対に言えるわけがない。なんとか平然を装って誤魔化すので精一杯だ。

「でも苦手になったのって…。」
「別にあいつらのせいじゃねえから…それより劉院は。」
「ああ、せやったな。本題忘れるとこやったわ。上におるで。レイラちゃんも一緒に。」

時刻は21時を過ぎ去りツバメの巣も閉店時間のため客は1人もいない。淡々と後片付けを進める隼人が顔をあげずにただ上を指さす。忙しいのに悪いな、と一言述べればいつも通り気の抜けた顔で笑って見せた。それを横目にとんとんとキッチン脇にある階段を上り隼人の自宅にお邪魔する。

真っすぐのびる廊下を歩き一番奥のリビングをそっと覗きこむ。相変わらず綺麗に片付けられたリビングの真ん中に位置するソファ、そこにお目当ての人物が座っているのを確認しほっと胸をなでおろす。やはり、自分の予想通り劉院はここにいた。

シャワーを借りたらしい彼は隼人の服を借りているらしくいつもの服装とは違い白いTシャツとジャージを身にまとっていた。そんな彼の隣に座って会話をしているのはツバメの巣でバイトをしている生徒の1人のレイラだった。

「邪魔するぞ。」
「先生、こんばんは。…こんな時間にどうしたんですか?」

壁をコンコンと叩き声をかければレイラが顔をあげる。劉院は頭にタオルをかけたままこちらを振り向くことはなかった。こりゃ相当落ち込んでいるようだなと冷静に思考を巡らせる。

「劉院、親御さんが心配してるぞ。」
「…っ。」

部屋に入り2人に近づく。びくりと肩が揺れたのが後ろからでもよく分かった。そんな劉院をレイラが心配そうに見やると、もう一度俺の顔を見る。少し席を外してくれと、廊下を指さし訴えるとどうやらうまく伝わったらしくそっと立ち上がる。

「劉院君、私はいつでもあなたの味方だから。何か私にできることがあればいつでも言ってね。」
「レイラさん…すみません、気を遣わせてしまって…。」

一言二言会話を交わし、レイラが部屋を出るのを見届ける。さて、と一息ついた俺は劉院の正面にしゃがみ込んだ。

「…どうした?お母さんと喧嘩したわけでもないんだろ?」

なるべく優しく問いかける。そっと顔をあげた劉院の目は少しだけ赤くなっていて、まだまだ思春期の子供なんだなあと少しだけ感傷に浸る。
その後も黙っているばかりの彼に、少しだけ困り始めていると、いつもの彼とは思えないような小さな声でようやく言葉を紡いだ。今の彼にはそれが精一杯なのか、聞き取るのにやや困難したがしっかりとその言葉を受け取った。

「…母さんに、合わせる顔がないんです。」
「どうして?」
「それは………。」

何をためらっているのか、劉院はまたそれ以降黙り込んでしまった。どうやら俺は事情を話すには不十分の相手らしい。

「劉院、家に帰りたくないのはよく分かった。でも、お前はこれからどうするつもりなんだ?」
「…分かりません。俺は、どうしたらいいんですか。」

質問に質問を返されてしまい、ううむとまた頭を抱える。どうやら簡単に解決ができそうな問題ではないようだ。それならば、

「今のは俺が悪かったな。よし、質問を変えよう。お前が今抱え込んでるその悩みは、誰か相談できる人がいるか?お前が、こいつになら話してもいいっていう人が。」
「………。」

少しだけ、顔があがる。この反応ならば少なくとも1人は思い浮かんだのだろう。ならばまだ、こいつを救う道はある、そう確信した。

「いるんだな。そいつは学院にいる奴か?」

ゆっくりと頷く劉院に、よし、と笑って見せる。まだ乾かしていないらしい濡れた髪をがしがしと撫でた。うわっと驚いたように小さく声を漏らした彼に、大丈夫、と優しく諭す。

「相談できる相手がいるなら心配することはないな。お前は1人じゃない。ゆっくりでいい、気持ちを落ち着かせてこれからのことを考えていこう。」
「…先生。」
「とりあえず、今日は俺から隼人に頼んでやるからここに泊まっていけ。」
「…で、も。」
「隼人なら笑って許してくれるさ。な、隼人。」
「もちろんええで。」
「店長…!」

本日の仕事を終えたらしい隼人が廊下から顔をだしにこりと笑って見せる。いつの間に、と驚く劉院にあいつも元学院生だしな、と言えばそういえば、と劉院が呟いた。さすが情報屋、気配を消すのは隼人の十八番だ。俺でさえ隼人の存在に気づいたのはついさっきで、劉院が驚くのも無理はない。

「遠慮せずゆっくりしていったらええよ。劉院はいつもバイト頑張ってくれとるし。」
「…すみません、ありがとうございます。」
「…自分、今日はいっぱい謝るなあ。謝らなくてええんやで、そんな今更かしこまった関係でもないんやから、たまには甘えたらええねん。」
「そーそー。劉院はまだ可愛げがあるしな。伊折ときたらまったく可愛げのないクソガキに育ちやがって…。」
「そんな弟を連れ出して買い物に言ったのはどこの誰やったっけ?」
「隼人、今その話は…。」

隼人の言葉に一瞬、冷や汗をかく。まずい、雷が苦手だなんて知られたら生徒たちに示しがつかない。慌てて隼人の脇をぶん殴るとあだっと悲鳴があがる。いったいわ〜冗談やんかと脇腹を撫でる隼人にタイミングってもんだがあんだろ!と文句をたれた。すると、そんな俺達の会話を黙って聞いてた劉院からくすりと笑いがこぼれた。お、と隼人と一緒に劉院に視線を向けると堪えきれなかったのか劉院が笑いだす。それに安堵すれば、さて、と隼人が手を叩いた。

「もう22時になるし、遅いからレイラちゃんは車で送ったるわ。その方が劉院も安心やろ?」
「…店長、あんまりからかわないでください。」
「あはは、あかんかった?まあ、夜遅いしってのは本音やから。香折もついでに家まで送るで。天気まだ悪いしなあ。」

ちらりとカーテン越しに外の様子をうかがうと、激しい雨音に紛れて轟音が響く。むしろさっきより近くなったそれに、少しだけ眩暈がした。悪いな、と素直に頷き、そういえば、と思いだしたかのように携帯を取り出し、やっぱり後にしようと再びポケットにしまい込んだ。お母さんへの連絡はなるべくこいつの前ではしない方がいいだろう。

「あ、やべ、伊折置き去りだ…。」
「しゃーない、迎えに行ったるわ。」

手間をかけてしまい悪いなあと思いつつも、今日は頼りにさせてもらおう。今度何かお礼しないと、と少しだけ考え込んでいるとリビングの外からレイラが顔を覗かせているのが分かった。劉院が笑っているのを見て安堵したように見える。隼人も彼女に気づいたらしくほんなら行こかと立ち上がった。

「劉院お留守番頼んだんで。あ、ドライヤーは洗面台のとこにあるから乾かしとかんと風邪ひくで。」
「はい…分かりました。」
「明日寝坊せず学校来いよ。」
「伊折じゃあるまいし。」
「それもそうだな。」
「伊折君のいないとこで悪口言うのやめたって。」

なんてくだらない会話を交わし、隼人と共に部屋をでる。レイラに隼人が送ってくれるって、と伝えればありがとうございますと頭を下げてみせた。最後に劉院にばいばい、と小さく手を振ったらしい彼女を横目に背伸びをしてみる。俺にできるのはここまでだな。あとは、劉院次第だ。俺は信じて見守ってやればいい。ただ、それだけでいいんだ。
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