劉院編-06

「なんで、ここに来ちゃったかな…。」

未だに降り止まない雨にうたれながら、俺は自分のバイト先であるツバメの巣の前で立ち尽くしていた。中を覗けば今日はさほど忙しくないらしく店長が数少ないお客様の1人と談笑しているのが目に入る。どうしてここに来てしまったのかと、もう一度思考を巡らせた。多分、店長は人がいいから、何も聞かずに匿ってくれるのではないだろうかと、そんな安易な考えから甘えようとしていたのかもしれない。しかし、いざ店長を目にするとやはり迷惑はかけられないと罪悪感が俺の心を支配し、一歩が踏み出せない。

「……別のとこ…行こ…。家、には帰れねえよな…。」

母の顔が浮かび、すぐにそれを打ち消す。ダメだ、今はどんな顔をして母に会えばいいのか分からない。未だに気持ちが落ち着かず、途方にくれていた。とにかく、ここで立ち止まっていては埒があかない。行くあてもないがここにいてはいけないのは確かで、ようやく移動しようと一歩踏み出す。その瞬間、突然背後からぐいっと腕を掴まれ、思わず後ろに倒れこみそうになったがそれをなんとか堪える。振り返ろうとした際に俺の腕を掴む白い手が目に入り、やっぱり来るんじゃなかったと後悔した。

「レ、イラさん…。」
「劉院君、そんなびしょびしょでどうしたの?」

そこに立っていたのは傘をさした俺の想い人で、今一番見られたくない人物だった。そうか、今日のバイトはレイラさんだったのか。自分以外のシフトも覚えているつもりではあったが気が動転していたこともありすっかり忘れていた。今日はここに来てはいけなかったのだ。それなのに、来てしまったのは会いたくないと思いつつも、店長だけじゃなく無意識にこの人にも甘えたいと感じていたからかもしれない。

「…風邪ひいちゃうよ?店長があったかいコーヒー淹れてくれるって。」
「レ、イラさん…俺…。」

レイラさんが持ってきていたらしいタオルで俺の髪を拭く。チラリと店の方を見ると店長がおいで、と口パクで伝えつつ手招きをしているのが見えた。いつの間に俺がここにいるとばれていたのだろうか。店長は視野が広いから、俺が思っているよりも早く気づいていたのかもしれない。

「劉院君、大丈夫。そんな悲しい顔しないで。」

そう言って俺の頭を撫でるレイラさん。いつもなら子供扱いしないでくださいと少しだけ怒ってみせるのだが、今日は涙が溢れてきた。好きな人の前で泣くなんて情けないと思いつつも止まらない涙を何度も拭ってみせた。雨はまだやまない。
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