劉院編-05

「雨やまねえなあ…。」
「それどころかちょっと雷鳴ってるし…香折兄ちゃん、早く帰ろうぜ。」

それもそうだなと頷いて兄が手に持っていた傘を開く。それにならい俺も傘を開くといつまでたってもやみそうにない雨の降る夜道を歩きだす。時刻は20時をまわろうとしていた。佐折兄ちゃんに頼まれた物を一つ一つ確認し、買い忘れがないことを兄に伝えれば他に必要な物はないのかと問われる。

「うーん今は特にねえかな…。」
「そうか、じゃあ真っすぐ帰ろう。」

兄の言葉に素直に頷き、家への岐路を辿る。夏が近づいてきたとはいえ20時にもなるとさすがに暗く、雨ということもあり歩きづらい。少しズボンの裾が濡れてしまい早く家につかないかなと思考を巡らせたのと、俺が目の前を歩いてくる人物に気づいたのはほぼ同時。少しだけ痩せた女性の姿、一瞬見逃しそうになったがあれは確かに劉院のお母さんだ。

「劉院と一緒には見えねえけど…1人で外出?大丈夫なのか?」
「伊折、置いてくぞ!」
「…香折兄ちゃんちょっと待って!」

先を歩いてた兄を引き留め、劉院のお母さんに声をかけようと家に向けていた歩の向きを変える。具合が悪いのか少しだけおぼつかない足取りの彼女は相変わらず見ていて不安だ。兄もそんな彼女に気づいたのかこちらへと向かってくるのが分かった。

「こんばんは、劉院のお母さんですよね?この前はどうも。」
「あ…あなたは先日の…えっと、い、おり君?…伊折君!お願い、私のお願いを聞いてもらえないかしら…!劉院が…あの子が…!」

声をかけた途端、彼女が俺の肩を掴むみ、その拍子に持っていた傘がぽろりと地面に落ちる。雨に濡れるのも気にせず今にも泣きそうな顔でお願い!と何度も言う彼女を見てすぐに劉院に何かあったのだと気づいた。

「伊折、その人は?」
「香折兄ちゃん、この人は劉院のお母さんなんだけど…あいつになんかあったらしくて…。」
「…初めまして、伊折の兄で、討伐団養成学院の教師をやっている香折といいます。とりあえず落ち着いて、ゆっくり話してもらえませんか?」
「先生…?ごめんなさい、私ったら気が動転して…。」

俺達に追いついた兄がお母さんの落とした傘を拾い、差し出しながら落ち着かせるように声をかける。それを受け取った彼女はもう片方の手で顔を覆いながら息を吐いた。

「あの子、夕方頃に買い物に行くって言ってから帰ってこなくて…ううん、一度は帰ってきたみたいなの。玄関に買い物袋があったわ…でもそれから連絡が取れなくて…!」
「…家出か?伊折お前何か知ってるか?」
「いや、まったく知らない。それに、家出とは違う気がする…。喧嘩したわけじゃないいんすよね?」
「違うの…きっと愛想をつかされたんだわ…私がいつまでもこんなだから…。ああ…どうしましょう…私、私にはもうあの子しかいないのに…。最近ようやく体調がよくなってきて、やっと母らしいことをしてあげられると思っていたのに、やっぱり…私はあの子の重荷なんだわ…。」

彼女の瞳から涙がこぼれる。自分は劉院の重荷なのだと、そう思い込んでいるお母さんの姿に言葉がでなかった。確かに、お見舞いに行った際の劉院は見られたくないものを見られたという顔をしていた。しかし、俺にはそうではないように思えた。あれはきっと真逆。誰にも頼ることのできない不器用なあいつの気遣いだ。

「あの馬鹿…なんで頼ってくれねえんだよ…いや、SOSに気づけない俺も悪いか…。」

自虐気味に呟くと、香折兄ちゃんが俺の名を呼ぶ。お母さんのことを頼むと言うと彼女を安心させるようにまた声をかけた。

「お母さんは一度家に帰ってください。だいぶ冷えきってる。伊折に付き添いをさせます。劉院君のことは俺に任せてください。1つ当てがあるんです。」
「でも…。」
「見つかり次第伊折に連絡します。それまで一緒に待っていてください。」
「…分かりました。あの子のことを…お願いします。」

必ず見つけますと強く頷く兄を横目にまだまだこの人には敵わないのだと痛感した。今の俺には兄のように素早い判断や安心させられるような言葉をかけられるほどの余裕がなかった。きっと、今は俺なんかより兄に任せるのが劉院への一番の近道なのだろう。自分のチームメイトのことだというのに、うまく動けない自分の無力さが歯がゆい。

「伊折、あとは任せたぞ。佐折にも連絡しといてくれ。」
「…分かった。」
「大丈夫、お前にやれることはまだあるからな。」

少しだけ落ち込んだのが分かったのか、そう言って俺の背中を叩き兄は劉院を探すために走りだす。思っていたより強く叩かれたためいってーよ馬鹿と文句をこぼした。しかし兄に届くはずもなく、後ろ姿が見えなくなるのを確認してからお母さんに行きましょうと声をかける。今は兄の言う通り、俺にできることをやろう。
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