蜜柑編-02

「何よ何よ何よ!蜜柑の馬鹿!アホ!まぬけ!いくじなしぃ!」
「いたっ痛い痛い!林檎さん俺に八つ当たりするのやめてくんねえかな!」

昼休みのことを思い出し、思わず伊折の背中を何度も叩く。痛いと悲鳴をあげる彼をほったらかしに、姫と劉院に向かって聞いてよ!と叫べば2人が少し驚きつつ振り返った。弟とのことを事細かに話し、どう思う!?と問いかけると姫が少し困ったように笑った。ああ、ごめんなさい。困らせたかったわけじゃないの。ただ、誰でもいいから話を聞いてほしかっただけなの。

少しだけ後ろめたさを感じ、一度理科室の椅子にすとんと座り込む。落ち着いたかよ、と劉院に問われ、ごめん、と呟くと、いいけどと彼がそっぽを向いた。なんだかんだ最後まで話を聞いてくれるのだからいい奴よね、と心の中で考える。チームを結成したばかりの時は伊折も劉院も生意気でめんどくさい奴、なんて思っていたけれど今では案外悪くないかもなんて、絶対言ってあげないけど。

「なーに?林檎ちゃん浮かない顔して。可愛いお顔が台無しよお?」
「リラ先生…騒いじゃってごめんなさい…。」
「いいの、いいの!嫌なことがあったら男共使って発散しちゃいなさい!伊折ちゃんが全部受け止めてくれるわ!」
「勝手なこと言わないでください!」

理科準備室から顔を覗かせたリラ先生が少しからかうように笑って伊折を指さす。未だに痛いらしい背中をさすりながら冗談じゃないと抗議する彼を見て、少しだけ気分が晴れた気がした。背伸びをしてすっと立ち上がる。

「ごめん、本当は対抗戦見に行くはずだったのにね。」
「まあ、たまにはのんびりするのもいいんじゃね?嫌なことあったらいつでも頼ってくれていいからさ…まあ、叩くのはやめてほしいけど。」
「もう、軟弱ね!…ありがとう。」
「そこまで素直になられるとちょっと怖い。」
「怒るわよ。」

冗談だって!と慌てて両手を前について謝る伊折に、ぷいっと顔をそむける。何よ、たまにはと思って素直に言ったのにそういうこと言って。悪くないかも、なんて思った私が馬鹿だったわ。やっぱりこいつとは気が合わない!

そんな風に怒ってみせていた時、ガラッと理科室の戸が開く。今は授業の真っただ中で、やってくる生徒なんかいないと思っていたのだけれど、私達みたいにこの時間をフリーにしているチームは他にもいるのだからそうも言えないと気づきやってきた人物に視線を向けた。そこに立っていたのはどこか見覚えのある人物、でも私には直接的な関係のない人物。

「ありゃ、伊吹さん、こんにちは。」
「珍しいな。伊折が理科室にいるなんて。」
「今日は対抗戦の見学するつもりだったんですけど色々あって。伊吹さんはなんでここに?」
「なんでだと?そんなの決まってんだろ!あの馬鹿のお迎えだ!」

伊折と時々話ているのを見かけるな、とふと思い出す。どういう関係なのかはよく分からないけれど、恐らく先輩後輩といったところだろう。伊折は私達と違って一度チームを解散していて学院に入学したのも4年前だという話を聞いたっけ。その分私達より交友関係が広いというか、彼自身のコミュニケーション能力もあるのだろうけれどたくさんの人と関わりがあるらしい。

そんな、伊吹さんと呼ばれた男性がづかづかと理科室に踏み入り、一番後ろの棚の横にある布を掴む。リラ先生があんまり乱暴にしないであげてよねと軽くあしらった。一体なんの話だろうかと思い見守っていると、伊吹さんがため息をつき掴んだ布を思い切り引っ張る。すると、何かがその布を取られないよう引っ張り返して必死に抵抗しているのが分かった。

「くるみ!次の授業は香折先生の実践授業だぞ!」
「嫌だ!お外なんて絶対に行かないもん!それに!箕原先輩に会いたくない!」
「やだ、人!?ずっとそこにいたの!?」
「ぜ、全然気づかなかったね…。」

姫と一緒に驚きの声を漏らせば劉院が俺は気づいてたと横で呟いたので、教えてよと言うと彼はあっけらかんとした顔でめんどくさくてとまた呟いた。伊折は気づいていたのかしらと思い視線を向けると、いつものことだからと知っていた素振りを見せたので何それ!ともう一度背中を叩いてやった。

「またそれか!香折先輩の何が嫌だって言うんだ!」
「あんな眩しい人の授業受けたくない!てゆーかなんで伊吹君が来るの!伊吹君の顔も見たくない!」
「意味が分からん!つかチームメイトになんてこと言うんだてめえは!今更!だ!ろ!」

そう言ってもう一度思い切り布を引っ張る伊吹さん。ついに耐えきれなかったのか、布は伊吹さんにすべて没収されてしまい、その下にいた人物がようやく姿を現す。そこには伊吹さんと同じ年齢くらいの女性が1人、うずくまって座り込んでいた。くるみと呼ばれていたその人は両手で頭を抱えて嫌だ!ともう一度喚いてみせる。

「いい加減にしろよ!もうすぐ授業が終わる。実践系は移動が大変なんだよ!遅刻したらどうするつもりだ!俺の予定はあと5分でここを出て次は巽を迎えに行くことになっているんだ!」
「伊吹君の予定なんか知らない!勝手にしてよ!」
「言ったな!それなら勝手にさせてもらう!」

その途端、伊吹さんがくるみさんの腕をつかみ、持ち上げる。肩に担ぐよう持ち替えて、さらっと失礼したな、と理科室を後にしようと歩を進め、ふいに私の前で立ち止まった。くるみさんが暴れているのにも関わらず微動だにしない伊吹さんの腕力のすごさに関心していた私は突然自分の前で立ち止まった彼に驚き我に返る。

私の顔を見つめ、お前か、と呟く伊吹さん。私はこの人に何かしただろうか。まったく記憶がないのだけれど、もしそうだとしたらどうしよう。なんて、少しだけびくりと肩を震わせる。それを見かねたらしい伊折が何か声をかけるのが分かったが、なんて言ったのかまでは聞き取れない。

「ふうん、お前は弟と違ってまだ脈がありそうだな。あくまで蜜柑よりはって話だが。」
「…み、かん?」

突然の騒ぎですっかり忘れていた弟の名前を聞き驚く。なんで、この人がそんな話をするのだろうか。それに、弟と違ってというのは、どういう意味?
あまりにも急な展開についていけず、ぐるぐる回る思考に、一瞬酔いそうになる。ふいに、伊折が私の頭をぽんと叩いた。大丈夫、と私にだけ聞こえるように呟き、伊吹さんを少し睨む。

「悪いんすけど、今その話はちょおっと遠慮してもらっていいすか?」
「花鈴に弟の方にアドバイスをしてくれないかとこの前頼まれたんだ。俺はあいつと同じ茶色の能力を持っているからな。」
「…伊吹さん。」

私を気遣ってお願いします、ともう一度伊折が言葉を紡ぐ。しかし、彼は伊折の話なんて聞いていないようで、そのまま続けて私に言った。

「あいつはダメだな。努力しても無駄。これ以上伸びねえよ。」
「伊吹さん!」
「な、によ…それ…。」

伊吹さんの言葉が頭に響く。蜜柑とどーゆー関係なのか知らないけれど、それは、一体あの子の何を知って言っているの?頭に血が上るのが分かる。伊折が名前を呼ぶよりも早く、私は伊吹さんに掴みかかっていた。その拍子に支えきれなかったらしく、くるみさんが床に落っこちてしまったがそんなことを気にする余裕はなかった。

「ふざけたこと言わないで!」

静かだった理科室に、私の怒鳴り声が響き渡った。
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