実践授業編(後編)

「30分経ったな…リラ、あとは頼むぞ。」
「はいはい、任せときなさいって。いってらっしゃーい。」

開始から30分が経過したことを確認した俺は立ち上がり振り返る。ひらひらと手を振るリラにじゃあなと声をかけ駆け出した。今から各チームの見回りを始める。小学生チームは既に琉生先生が向かっているためもう少し経ってから。まずは近くにいそうなチームを探すために手軽な木を選びよじ登る。事前に準備しておいた双眼鏡で森をぐるっと一周目視で確認。

「さってと、今年の新入生はどこまでやれるか…。っと、あそこか。」

木々がひそかに揺れているのを見つけ、そこに向かうべくすとんと地面に降りる。なるべく生徒には接触しない方向でいきたいため隠密に少しずつ距離を縮め、生徒達の声がギリギリ聞こえる距離まで近づくともう1度木に登り身を潜めた。ようやく姿を確認したはいいが、どうも様子を見ていると不安だ。

「チームカーティス…メンバーの2人が異性を苦手としているんだったか。戦闘には参加できるようだがこれからどうなるか…。」

アリアの後ろに常に隠れている浦部と戦闘中に女子2人との距離が近づくとやりづらそうにしているクレイヴォルト。中々課題は多そうだが…。まだ結成して1か月弱。まあ焦る必要はないだろう。ゆっくり距離を縮めていけばいい。

「討伐数は…よし、問題ないな。次行くか。」

チームカーティスはとりあえず問題なしと判断し名簿にメモを取る。その後、次のチームの元へと向かうべく立ち上がったのとほぼ同時。視界に1本の火柱がうつった。

「あれは桃井だな。」

火柱の発生源にそっと近づけば予想通りチーム害虫がそこにいた。このチームは桃井もいるし心配することはないだろうと思いつつ少しだけ見守る。…どうやら桃井はチームメイトに手を焼いているらしいが、あいつなら大丈夫だと信じよう。さて、サクサクいかないと全部のチームを回るのは厳しいからな。次のチームの元に向かいたいが、ここからだと少し探し辛い。仕方ない、リラに頼ろう。

「リラ、ここからだと近いチームはあるか?」
『そこからなら北西に400m、チーム鯖の味噌煮がいるわ。』
「サンキュ。」

無線で問いかけるとすぐに応答したリラに礼を言い教えてもらったとおり北西に400m移動。姿を確認したそのとき、何かが俺に向かって飛んでくるのを感じ取る。

「おっと。」

咄嗟に腰にぶらさげていた自身の武器であるレイピアを抜きはじき返す。地面に落ちたのは3枚の手裏剣だった。

「冠渚か。」
「ありゃ、魔物かと思ったら先生じゃん。」

声をかければへらへらとした笑顔を浮かべチームKの冠渚が姿を現した。それに続き残りの3人もひょっこり顔をのぞかせる。

「すみません、焦りました。確認が厳かでしたね。」
「いや、対象物への反応はいいな。確かに焦りは禁物だが。…孝介授業は大丈夫そうか?」
「…大丈夫。」

謝るココルに気にするなと声をかけ孝介に授業の具合を問う。チームKも問題はなさそうだ。さっきからキラキラとした目であちこちを探りまわっている久遠をのぞいての話だが。

「…あいつのことはしっかり見とけよ。好奇心旺盛なのは構わんが。」
「はい、十分に気を付けます。」
「それじゃ、俺は行くぞ。これ以降も怪我には気を付けるように。」
「はいはいっと。」

チームKと別れ改めて鯖の味噌煮の元へ向かう。少し移動したらしい4人を追い身を潜めると、那岐山の元気な声が耳に入った。ここも、チーム害虫同様最高齢の小太刀さんが苦労しているようだ。

「リーダー以外の3人が自由すぎるな…。今後厳重注意ってとこか。特に那岐山はもう少し息を潜めろよな。…さて、そろそろ小学生チームの様子を見に行くか。」

名簿にチェックをつけ再びリラに連絡を取る。琉生先生は現在チームキラキラの元にいるらしい。そちらは任せて俺はチーム能登の様子を見に行くか。リラにチーム能登の位置を確認してもらい、自分の位置と照らし合わせる。少し遠いようだが、なるべく早めに様子を見ておきたい。少し急ごう。



***

「…おいおい、これはまた。」

途中、遭遇したチームストロングの様子をさっと確認し問題がなかったようなのでようやくチーム能登の元へたどり着いた俺はため息をついた。視界に映るのは一面、お花畑。その真ん中にいるのはもちろんチーム能登だ。おそらく那留の能力だろう。

「楓が何か言ってるようだが、あいつだけが頼りだな。」

どこのチームにも1人は苦労している奴がいるようだ。とはいえチームカーティス同様どのチームもまだ結成から1か月弱である以上仕方がない。改めてチーム能登の様子を見守る。討伐数を確認してみれば数は少ないが小学生という点を配慮すれば合格点だろう。名簿に他のチーム同様チェックをし、一応のため4人に声をかける。

「お前ら〜討伐は進んでるか〜?」
「先生だー!先生!」
「はいはい、真希は元気だなあ。でも、討伐中はあんまり騒ぐなよ。那留もむやみやたらに花を咲かせないように。分かったか?」

少々不満があるようだがこくりと頷いた2人の頭にぽんと手をおき撫でる。その後眠そうに目をこすっている蘭二の頬を軽くぺちぺち叩いて起こすと、ふぁあとのんきに欠伸を漏らしたので苦笑いを浮かべた。

「楓、大変だろうがこいつらのこと頼んだぞ。」

分かりました、と返事をする楓の頭も撫で時計を確認すれば残り50分。さて、次はどこに行こうかと思考を巡らせた時。

『香折ちゃん、ちょっといい?』
「どうした。」

リラからの無線に反応し返答すると、琉生先生からも無線が入る。

『どうやら1人、危険区域に近づいている生徒がいるらしい。』
「1人ですか?リラ、他のチームメイトは。」
『別行動みたい。』
「どこのチームだまったく…。」
『チームエイクね。危険区域に近づいているのは露音ちゃんのようだわ。』
「羽切…?ということは意図的なものではなく迷子か。」
『その可能性が高いな。』

羽切はどことなく不思議な雰囲気であぶなかっしい。やれやれ、とため息をつきチーム能登に声をかけその場を離れる。

「位置は?」
『香折ちゃんの位置なら南東に700m。琉生先生は南南西に600mね。』
『俺が行こうか?』
「いえ、その距離ならどっちが行ってもあまり変わらない。俺が行きます。琉生先生は引き続き小学生チームをお願いします。」
『了解。』
「リラ、残りのチームメイトの位置も確認しといてくれ。」
『任せて。』

一度無線を切り指示された通り森を移動する。羽切の姿を確認できた場所は木の上からであれば危険区域の柵が見えていた。1人でいる羽切の周りには氷の結晶が飛んでいて、森にいるのもありかなり神秘的な風景だ。とはいえ、そんなことに気を取られている場合ではない。

「羽切、1人でどうした。」
「あ…先生。」
「あ、じゃないだろう。ここは危険区域に近すぎる。不用意に近づくなと注意したはずだ。」
「ふふ、そこにね……妖精さんがいたの……。」
「…よし、ペナルティだな。」

マイペースに笑顔を浮かべる羽切の額にデコピンをくらわせため息をついた。とはいえ、チームエイクは不真面目なメンバーが多い。もっと注意しておくべきだったと少し反省し、とりあえずこの場から離れるために無線で他のメンバーの位置を確認した。思っていたより近くにいたため合流に時間はかからずすんで安堵する。

「まったく、チームメイトの行動くらい把握しておけよ。」
「すみません…!いつの間にかいなくなっていて…次は気を付けます…!」
「まあ、今回は初めての授業だからな、グラウンド10周で勘弁してやるよ。それから、辻森と梶原は真面目にやってるんだろうな?」

申し訳なさそうに頭を下げる高良をなだめつつ普段ならグラウンド50周だぞと心の中でぼやく。ついでに辻森と梶原に視線を向けた。

「いやいや先生正直この程度なら自主練で事足りるレベルですし俺は露音ちゃんが心配だから探しに行こうとしてたところですよ?」
「そうです先生。ちゃんと真面目にやってましたよ。」
「…真面目にやってたのならいいが。梶原、あんまり油断するなよ。確かにこのチームは討伐数も多いみたいだが、その油断が思わぬ事故を招くこともある。」

少しだけ強めに言い聞かせ、今後は注意するように伝えると俺は残り時間を確認する。残り30分。まだ回っていないチームがいくつか残っているため、再度注意を促しチームエイクと別れた。その後チーム黒白やチーム白衣ちゃんなど残っていた全てのチームをなんとか周り終える。2時間が経過したのを確認後リラに合図を出すよう指示し、1年目の初めての実践授業は終わりを告げた。

生徒が集合するはずになっている元いた場所に急ぎ足で戻ればそこには既に琉生先生と小学生チーム、その他少数のチームが集合していた。琉生先生に遅くなったことを謝罪しリラに怪我をした生徒がいないか確認すると、問題ないとの返答を聞き肩の力を抜く。どうやら今年も無事に終えることができたらしい。

「全員集まったな〜。実践授業お疲れさん。今日はこれで終わりにするぞ。今日の反省点は今後、特にゴールデンウィーク明けの演習に生かすように。それから、魔物は討伐されると俺が分かるようになっていてな、各チームの討伐数はカウントさせてもらった。後日軽い評価を配るから目を通しておくように。」

聞いてないぞという生徒の言葉に言ってないからなとさらっと答え、笑って見せる。カウントすることを伝えると毎年競いたがるやつがでてくるからな。本来の目的は競い合うことではない。それに衝突が増えれば怪我人も必然的に増えてしまう。その分来年は頑張ればいいさ。

「さて、これで授業は終わりだ。各自軽くストレッチして校舎に戻るように。解散。」

ばっと散らばる生徒を眺めふうと息を吐いた。リラがおつかれ〜と声をかけてきたので俺もお疲れさんと答える。

「琉生先生今日はありがとうございました。小学生チームも無事でなによりです。」
「こっちはまったく問題なかったぞ。それよりチームエイクはどうだったんだ?」
「迷子、というより羽切の謎行動ですね。後日ペナルティでグラウンド10周です。」
「まあ怪我はなかったんだろ。よかったじゃないか。」

そうですね、と相槌を打ちリラが私たちも戻りましょうと言うので俺はそれを断り先に戻るよう伝える。明日も他の学年と同じ授業をするため一応のため確認をしておきたいのだ。1年目だし特に能力等で危険な地形変動はないと思うが念には念をというからな。校舎に戻る2人を見送り、ささっと森を見回ると、ようやく一息つくことができた。

「もう4年目か…教師ってのは大変だな。」

ふと、教師になるようにと俺に勧めてきた恩師の顔が浮かぶ。その人はもうこの学院にいないわけだが、何度思い返しても何故俺だったのか不思議に感じる。まあ、恐らくあの頃の俺が普段から伊折を鍛えていたからなんだろうけど。きっと深い意味はないんだろな。なんて、少しだけ感傷に浸り、さすがに戻ろうと重い腰をあげた。

「まあ、大変なことも多いけど、やりがいはあるよな。」

青空を見上げ、笑って見せる。大丈夫、俺はあの人の背中を、まだしっかりと覚えている。
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