劉院編-04

「あんた最近忙しそうね。」
「…別に、そんなことねえよ。」

ふとそう聞いてきたのは林檎だった。俺が否定の言葉を述べればふうんと首をかしげながら頷いた。なんだよ、ともう一度問う。

「まあ、あんたがそれでいいならいいのよ。うん、きっとね。」
「だから、何が言いたいんだよ。」
「ただ、ちょーっと痩せた気がするわ。」

その言葉に、びくりと肩が揺れるのが分かった。まずい、悟られてはいけない。一瞬でそう判断した俺は自然を装いつつ立ち上がった。運よく放課後だったこともあり特に不振には思わなかったらしい。林檎がまた明日と言ったので俺も頷いて教室を後にした。少しだけ早くなっている鼓動を誤魔化しながら校門まで走る。学院を出てようやく息を吐き出した。まったく、あいつは無駄に勘が鋭いからめんどくさい。

「ちょっと伊折。」
「はいはい、お見通しってわけね。」
「姫も心配してたわよ。あの子最近どうしたの。」
「俺も詳しいことはまだ分かんねえ。無理に聞くわけにもいかねーし…あいつは無駄に意地っ張りだからなあ。」
「少しくらい頼ってくれてもいいじゃない…。」
「……そうだな。」



***

慌てて学院を後にした俺はまっすぐ家に帰り夕飯の準備をするために冷蔵庫を開けた。しかし、思っていたよりも空っぽだったため仕方ないとため息をついてエプロンをほどく。リビングでテレビを眺めていた母に買い物に行くと伝え財布を手に取ると、視線を感じ振り返った。そこでは珍しく母がいってらっしゃいと手を振っていた。

先日の入院以降、母はしっかりと食事を取るようになった。先生に怒られでもしたのか、叔父さんに心配でもされたのか、あるいはどっちもか。とにかく、あれ以降少しだけ母にも回復しようという気持ちが芽生えたらしい。おかげで最近は少しだけ会話が増えた気がする。それが嬉しくて、いってきます、と俺も手を振りそれに応えた。

「…降りそうだな。」

生憎の空模様だったため、右手に傘を持ち近くのスーパーへと足を運ぶ。途中、ふと林檎との会話が思い浮かんだ。しかし、最近は母も調子がいい。それは俺が一番望んだことだ。確かに、まだ大変なことばかりだがようやく一歩進めたんだ。ここで手を抜くわけにはいかない。そう自分に言い聞かせた。大丈夫、俺はまだやれる。

夕飯を何にするか少し悩んだが卵が安かったので今夜はオムライスにしよう、なんて考えながら必要な物を買い物かごに入れる。今日は水曜日で、あまり時間もなかったため最悪金曜日までもてばいいだろうとそこまで買いこまずにスーパーを後にした。スーパーを出ると案の定ぽつりぽつりと雨が降り出していたので持ってきていた傘を開く。

土曜日はバイトも午前で終わりのはずだったから午後からまた来よう、そう決めて家に帰った。傘を壁に立てかけ靴を脱ごうと買い物袋を置く。そこで見知らぬ男物の靴があることに初めて気が付いた。雨が降る前にはそこにあったらしく、まったく濡れていないその靴は見慣れた叔父さんの物ではない。誰だろう、家に用事があってくるのは叔父さんくらいなのに、と少し不安に思いつつ買い物袋持ち上げた。それとほぼ同時。

「…もしかして劉院君かい?」

突然声をかけられ驚いた俺は危うく買い物袋を落としそうになった。しかし、卵があることを瞬時に思い出しなんとか耐えきった。そこに立っていたのは少し老けているがどこか見覚えのある顔だった。

「覚えてるかな?お父さんの友人だった俺のこと。」
「あ、はい…覚えてるっていうか…写真に写ってました…。」

母さんがいつも大切に飾っている写真にこの人もいたはずだ。この人も含め数人の仲間と笑う父の写真をしっかりと覚えている。

「近くに寄ったからお見舞いに来たんだ。お母さん入院したって聞いたから。」
「どうも…。」

突然の訪問に正直何を話したらいいのか分からない俺はとりあえず相槌を打ってごまかす。それにしても大きくなったなあと俺の頭をわしゃわしゃとなでる彼に反抗することもできず黙って話を聞いた。小さい頃の話とか、父との思い出だとか、あまりぴんとこない話ばかりだったが、父の話を聞くのは久しぶりのことのように感じた。

いつの間にか父の話はしてはいけないという暗黙のルールができていたため、俺も母も、劉燐も誰も父のことを口にする人はいなかったのだ。最後に父の話をしたのはいつだったろうかなんて、少しだけぼうっとしていた俺にそろそろ帰るよ、と彼は声をかけた。靴を履き持ってきていたらしい傘を手に取るともう一度振り返って言葉を紡ぐ。

「君は親孝行者だね。きっとお父さんも喜んでるよ。…あと、君、討伐団員目指してるんだって?」
「あ、はい…まあ…。」

最後にそういえばと思いだしたかのように問われたので頷くと、少しだけ彼の顔が曇った。次の瞬間、俺は頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。

「お母さんのためなんだろうけど…お父さんに救われた命だ。大事にしなさい。」
「…は?」

父に救われた命?初耳だ。一気に血の気が引くのを感じる。

「…と、うさんは…確か…魔物に襲われた子供をかばったって…。」
「…?その子供は君だろう?」
「……。」

また近くに寄ることがあれば立ち寄らせてもらうよ。そう言って去っていく彼を俺は黙って見送った。男が完全に玄関の扉を閉めると、ぺたんとその場に座り込む。

「……そうだ…なんで、俺は、ずっと…気づかなかったんだ?」

父が死んだ時の話はもちろん聞いていた。でも、誰も、叔父さんも劉燐も、その子供が俺だとは教えてくれなかった。ずっと、誰をかばったのかは曖昧のままだったんだ。もし、彼の言う通り、父が死んだのは俺のせいだとしたら?いや、実際俺のせいだったんだ。じゃあ、母はずっと、

「っ…。」

そこまで考えて、俺は家を飛び出した。

「劉院…帰ったの?…劉院?」

玄関に買い物袋を置いたまま、雨が降っているのも気にせず、傘も持たず、行くあてもないのに、ここにいちゃいけないと、初めて気づいたから。
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