世界で1人だけの愛しい人

どうしてこんなことになっているんだっけ、とシェルツは肩を落とした。目の前に広がるプリントの海を見つめ溜息を漏らした。渋々といったように一枚一枚丁寧に拾い上げていく。廊下をすれ違う生徒達はちらちらとこちらの様子を伺っているが呆れたように笑うだけで手伝おうとはしない。こそこそとまたやってるよ、と笑い声が聞こえた。

「…今日もいつも通り不運だ。」

何故か分からないがどうやら自分は不運体質というやつらしい。毎日あり得ないほどの不運に見舞われるのだがこれは一体なんなのか。正直何かに取り憑かれているのではないかと思う程だ。階段をのぼりながらよそ見をすれば必ず足を踏み外すし、急いでる時に限って誰かに引きとめられては面倒ごとを押し付けられる。犬には吠えられるし財布は落とすし、雨の日は車に泥をかけられる。今日だって提出物であるプリントを集めて運ぶように頼まれ歩いていただけなのだ。なのに、足を絡ませ転び床一面にばら撒いている。確か昨日も同じようなことをして先生に怒られたばかりだ。

「理不尽だ。俺が何をしたっていうんだ…。ああ、そんなことより今日は大事な用事があるのに…!!」

ぶつぶつと文句を言いながら最後の一枚を拾い上げた。プリントを受け取った時は名簿順に揃えられていたそれに既に順番なんてものは存在しない。元通りに直さなければ、と思った。しかし、今日の俺にはどうしても外せない用事があった。普段ならしっかり順番を直してから提出しに行くのだが今日くらいは許してもらえるだろうか、と一瞬迷い結局そのまま歩きだした。

「リラせんせー。提出物持ってきました。」
「なーんだ。今日の日直はシェルツなの?女の子がよかったな。」
「またそんなことばっかり言って。俺急いでるんでここに置いて行きますよ。」
「はいはい。氷月ちゃんによろしくね。」
「な、なんでそれを…!!」

ひらひらと手を振りながら分かりやすいね、と笑われた。悔しい、と拳を握ったが今はそれどころではない。早く行かなければ。失礼しました、と少々乱暴に言い捨て廊下を走り出した。途中、前から歩いてきた先生に走るなと怒られたが適当に謝りまた走る。

「あ、シェルツ!お前どこ行ってたんだよ!探してたんだぞ…!午後の、」
「ごめん、蜜柑またあとで!」
「はあ!?昼休み終わっちゃうだろ!」

教室の前を通った際にチームメイトである蜜柑が声をかけてきたがそれも適当にあしらった。早く、早く行かなければ。約束は1時だったのに。時計を見れば既に20分経過している。やっぱりお昼ご飯も一緒に食べるんだった、と後悔しながら約束の教室へと走った。

「ああ…もう!25分遅刻…。まだいるかなあ。」

昼休みがあと5分程で終わってしまう。息をきらしながら辿り着いた約束の教室の戸に手をかけて一瞬戸惑った。いなかったらどうしよう。怒ってるだろうか。それとも呆れられた?嫌われるのは嫌だなあと、緊張した面持ちでゆっくり、戸をひいた。

「ひ、氷月…?」
「遅かったのね。」
「ご、ごめん。」

氷月はそこにいた。誰もいない静かな教室の一番後ろ。窓際に座り頬杖をついている。少し不貞腐れたように俺を見た彼女が溜息を漏らした。

「今日は何があったの?」
「ええっと、今日はっていうかさっきはプリントを少々…。」
「ばら撒いたのね…。まったく、相変わらず鈍臭いのね。」
「……怒ってる?」
「……。」

怒ってる!…怒ってるよ…!俺は焦った。さすがに愛想を尽かされたのだろうか。別れよう、なんて言われたらどうしよう、と不安ばかりが脳裏をよぎる。とにかく何か言わなくては、と口を開こうとした。その途端。

「っ…ふふ。」
「…え。」

氷月が笑った。

「冗談よ…怒ってなんかいないわ。だって、こんなのいつものことでしょ?」
「い、いつもの…こと…うん…うん…そうだね…不運でごめん…。」
「やだ、落ち込まないでよ。」

確かにそうだ。いつものこと。だからこそ心が痛い、と俺は肩を落とした。しかし、内心怒っていないと分かりほっとしている自分もいた。どうやら、別れ話の心配はまだしなくて良さそうだ。

「で、今日は何の用かしら?」

氷月の言葉にはっと我に返る。そうだ、今日は自分が用があるからと言って来てもらったのだ。本来の目的を忘れるところだった。俺は慌ててズボンのポケットに手を突っ込んだ。

「今日、ホワイトデーだよ?」
「知ってるわ。」
「…意地悪だなあ。バレンタインデーありがとう。美味しかったよ。」

苦笑いを浮かべながら可愛くラッピングされた小袋を手渡した。中身は飾るタイプの小さな指輪だった。俺なりに勇気を出して買ったものだ。

「ええっと…本物は、もっと俺が立派になったらね。」
「…楽しみにしてるわ。」

嬉しそうに笑う彼女をふわりと抱きしめる。幸せだなあ、と目を閉じた。こんなに不運な俺を受け入れてくれる人は世界できっと君だけだ、と呟く。すると、微かにふふ、と声が漏れた。

「…当たり前じゃない。」


(氷月大好き。)
(知ってるわ。)
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -