プロローグ??

赤いどろりとしたものが床一面に広がっていた。ああ、またか、と陸は冷めた目でそれを眺めた。靴が汚れるのも気にせずゆっくりと真っ赤に染まった廊下を歩いた。ふと、視界の数メートル先に光を見つけた。陸はその場でぴたりと立ち止まる。この足を踏み出せば、次に目に入る光景は知っている。何度も夢に見た光景は、3年前のあの日の光景。

「…馬鹿親父。」

陸が目を覚ましたのは明朝4時のことだった。いつもの如く夢見がすこぶる悪い朝。べったりと汗がシャツを濡らし体にまとわりついている。陸は思い詰めていた息をゆっくりと、深く、吐きだした。のそりとベッドから起き上がりやかんに水を流し込む。火にかけてからタオルで体を吹き私服に着替えた。今日の予定を確認しつつ沸かしたお湯でコーヒーを淹れた。

「…10時集合か。」

時計を確認し溜息をついた。些か早く起きすぎたようだ。しかし、2度寝をする気分にもなれなかった。特にやることもなく手持無沙汰な左手をだらんとぶらさげる。ソファに深く腰を落としテレビをつけた。何気ない朝のニュース番組がちょうど始まったらしい。笑顔でアナウンサーがおはようございますと手を振っていた。

「…平和だなあ。」



***

午前9時。隼人は店の前の掃き掃除をしているところだった。カフェの開店は午前10時である。平日は学生のバイトは夕方にならないと顔をだせないので準備は大忙しだ。いつものように手際よく作業を進めようやく一息つけるだろうか、と額の汗を拭った。ふと、向かいの道路に見知った人物を見つけた。相手側もこちらに気づいたらしく軽く片手を挙げて軽く挨拶を口にする。

「どうも。おはようございまーす。」
「おはよーさん。」

信号が青に変わったのを確認し、すたすたとこちらに歩いてくる陸に隼人が応える。これから仕事か?と問えば10時集合、と短く返事をした。腕時計を確認しどないする?と再び問う。お邪魔します、と陸は笑った。

「いつものでええか?」
「おかまいなくー。」

カランとドアベルを鳴らし店内に歩を進めた2人は開店前のカフェでだらりと息をついた。素早く隼人がコーヒーを淹れ陸の前に置く。どうも、と頭を下げ一口。相変わらずこの人の淹れるコーヒーは美味い、と称賛しつつ隼人に視線を向ける。彼自身なぜ陸が今日ここに来たのかは分かっている。しかし、残念、というように両手を挙げ肩を落としてみせた。

「今のところ親父さんの新しい情報は入ってこーへん。堪忍な。」
「そうすか…。」

少しがっかりしつつも、予想はしていたらしくさほど気にしてない様子で応えた。隼人が苦笑を漏らした。胸ポケットから煙草の箱をすくい上げ1本取り出す。咥えてから火をつけふうと煙を吐きだした。それから1拍おいて口を開く。

「自分、親父さんの行方追ってどうするつもりなん?」
「…さあ…ぶっちゃけ、先のことはまったく考えてないんすよね。」
「なんやそれ。」
「ただ、なんか…このままほっといちゃいけない気がして…つーか、今もあの人罪を重くし続けてるでしょ?さすがにいい加減にしてもらわないと困るっつーか。」

うまく言葉にできないらしく、もごもごと濁らせたように俯く。確かに、自分は何に対して執着し父親を追っているのか、最近になって分からなくなってきた。しかし、1つだけ決めていることはある。

「とりあえず…おふくろの墓参りはさせたいですね。」

隼人がきょとんと目を瞬かせた。ふいにふっと笑いそーかそーかと陸の頭をがしがし撫でまわした。

「まあ、どうするかなんて今決める必要ないか。その時がきたら考えればええんちゃう?」
「っす…。あ、俺そろそろ行きます。ご馳走様でした。」
「おお、もうそんな時間か。まあ、お仕事頑張りやー。」

時計に視線を向け少し慌てた様子で立ち上がる。気が付けば集合時刻ギリギリになっていた。ふいに隼人がそーいえば、と陸を留めた。

「今日、涼芽の予定は?」
「確か今日はオフだったと思いますよ。」
「さよかー。ほんならそろそろ来るかな…。」

少し疲れたように溜息をついた彼に陸は苦笑いを浮かべた。相変わらずあの人は彼を困らせるのが得意らしい、と。それじゃ、と踵を返しドアベルを鳴らす。いってらっしゃーいと弟を見送る兄のように隼人がそれを送り出した。

「ほんじゃ、今日も頑張ろかー。」

カウンター内で少し背伸びをし、隼人はドアにかけられた札を裏返す。
こうして、平和で平凡な何気ない1日が始まった―。
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -