チョコレートの憂鬱

2月に入り少しずつ周りが浮足立つのが分かった。女子も男子もそこはかとなくソワソワしているような気がする。もちろん、いくら私がイベント事に疎いといってそこまで馬鹿じゃない。理由なんてものは分かっている。…が、今の私にとってはその理由が悩みだったりする。
2月といえばバレンタインデー。女の子が好きな男の子にチョコをプレゼントする日。去年までの私ならそんなものには興味はなかったしせいぜいチームメイトのリョクとトキに普段のお礼をかねて渡す程度だった。それが、今年はそうもいかないのだ。

「セナさん!今年はどんなチョコ作りましょうか!」
「えっ。あ、ああ…そう、だね…どんなのにしようか…。」
「セナさんは今年本命がいますもんね!張り切らないと!!」
「っ…。」

毎年恒例となっているリンネとのチョコ作りは今年もやるつもりではあった。が、問題は今リンネが言った通り、今年は本命を渡す相手がいるということだ。チョコを渡すなんてそんなのはたやすいことだと思っていたが相手が本命となると話が違ってくる。正直、不安しかない。
普段の私はぶっきらぼうで男勝りな面もある。どちらかといえばチョコは渡すより貰うことの方が多いくらいだ。その私が本命だと?そんなの…渡せるか!!

「はあ!?あんたそんなことで悩んでるのかい!?」
「そんなことって言うけどなあ!!」

1人で悶々としていても埒が明かない。そう思った私が相談を持ち掛けたのは親友である花鈴であった。そんな彼女は私の話を聞いて呆れたように溜息をついた。阿保らしい…と呟いたがこっちは真面目に話しているのだ。

「普通に渡せばいいんじゃないのかい?」
「いや、正直面と向かって渡せる自信がない。」
「…そこは頑張りなさいよ。で?相手の好みとかは知ってるのかい?」
「………。」

黙りこくる私に再び溜息をつく。あんたそれでも彼女なのかい?という花鈴の言葉がぐさりと心に刺さった。

「だって!拓さん自分のことはあんまり語らないし…。」
「それでも一緒にいたら普通好みくらい分かるもんでしょ…。」
「いや…そうだけど…。」
「…とりあえず、心がこもってれば相手は喜んでくれるんじゃないかい?」
「うーん…。」

結局、なんの解決策もないまま時間だけが過ぎることになってしまった。
毎日頭を悩ませているがいつかはやってきてしまうわけで。心の準備もできずに気が付けば当日になってしまった。

「で、結局どうしたんだい?」
「い、一応…甘いの…にした…。」
「ふーん…じゃあとっとと行ってきな!!」
「む、無理…無理無理無理!!」

昨日の夜にリンネと一緒に作ったチョコは既にリョクとトキに渡してある。今私の元に残っているのは拓さんの分だけ。リンネに手伝ってもらってラッピングは綺麗にできたと思う。が、これからが一苦労なのだ。

「ええい、めんどくさいね!!ほら、拓さん目の前にいるじゃないか!早く行け!!」
「なっなんで今このタイミングで!?てゆーか、あの子達拓さんのチームメイトでしょ!そんなのやだ!!」

無理だ無理だと花鈴に向かって首を振っていた時、運がいいのか悪いのか拓さんの姿が数メートル先に見えた。が、周りには他にも人がいてとても渡せるような状況じゃない。
ふと、拓さんがこちらに気づき目が合う。あまりに突然のことで私は花鈴の後ろに隠れてしまった。

「(しまった…あからさますぎる…!)」
「あーあ…行っちゃったよ…?」
「……。」

ほっとしたような心が痛いような、力が抜けてその場にへたりこむ。頭上で花鈴が「あんた…案外ヘタレなんだね…。」と呟くのが聞こえた。
結局、その後もなんとか頑張って渡そう渡そうとは思うが拓さんの姿を見るとテンパってしまい声をかけることすらできず、そうこうしているうちに本日の授業がすべて終わってしまった。

「どうしよう…。」

手元に視線を落としラッピングされた箱を見るとリボンが少しほどけかけていた。ふうと息をつきながらそれを直しテーブルに置いた。そして項垂れるように突っ伏した。その時。

「セナ…?具合でも悪いのか…?」

突然、聞き慣れた声が頭上から降ってくる。それは声をかけようとしてもかけられなかったあの人の声。

「た、拓さん…!」
「…あ、よかった。元気そうだな…。」
「あ、は、はい。すみません…。」

ポンポンと頭を撫でられ羞恥に顔が赤くなる。最悪だ…と心の中で悲鳴をあげた。と、そこではっと気づき慌ててラッピングされた箱を背中に隠した。拓さんがきょとんと首をかしげる。それに気づき再び心の中で悲鳴をあげた。

「(ああ…馬鹿!なんで隠したんだよ!!早く渡せよ!)」
「…セナ。」
「は、はい…!?」

突然名前を呼ばれ声が裏返る。ああもう恥ずかしい!と再び顔が赤くなる。すると、拓さんが再び私の頭を撫でた。

「言いたいことは、言わないと分からないぞ?」

にこりと笑って「そうだろ?」と言われた。

「…はい…。」

ああ、もう、拓さんには敵わない。私は観念して後ろに隠した箱をおずおずと拓さんに差し出す。

「…その…受け取ってください…。」
「…うん、ありがとう。」

嬉しそうに箱を受け取る拓さん。案外渡してしまえばあっさりしているものだ、と私は溜息をついた。

「甘いの大丈夫ですか?」
「大丈夫。」

よかった、とほっと胸をなでおろす。結局、自分で渡すどころか拓さんに気を遣わせてしまったな。来年は、もっと頑張ろう…。


(…セナは案外分かりやいんだな。)
(もうその話はやめてください…!)
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