≫7万打リク小説

時人が私を追いかけてきて随分経つ。共に旅をし、生活してきた。賞金稼ぎと日頃の節制により金銭的にはあまり不自由はしていない。盲目であることに同情を買い優遇されることもあれば、軽蔑や蔑みの目を向けられることだってある。前者の場合は自ら憐れみを押し出し利用、後者の場合は相手にしなかった。もう慣れたことだ。

そんな中、時人だけはいつもいつも自分のことのように憤慨する。それがどれだけ私に救いを与えているのか、彼女は分かっているのだろうか。
自分を理解してくれる者が傍にいること、相手を理解できること。今までの時人に欠落していた心が身についていることに、彼女は気がついていない。無意識に私を喜ばせているのだから、今ではどちらが離れがたいのか分かったものではない。



「アキラ!出店だ!」

「…少しだけですよ」

久しぶりの町にはしゃいでいるのか、露天商で賑わう通りで時人は私の袖を引いた。振り返れば時人の目線はすでに数々の出店に目移りしている。後々しつこく駄々をこねられるより少しの時間好きにさせる方が利口だと学んだのはいつだったか。お互いに心を開いてからどうも甘さが出てきているらしい。引き締めなければ。

物珍しげに店をのぞき回る時人の後ろを歩く。共に旅を始め生活し出してから金の管理は私がしている。当然と言えば当然だ。しかし店を覗く毎に、あれを買えこれを買えと幼児のようにせがむ時人を相手にすることにうんざりし、今では定期的に小遣いを与えている。前借りなどは一切しない約束をするとそのおかげか時人自身の無駄使いが少なくなり最近では買い物に慎重になっている。これもいい成長だろう。

露天商の売り出しているものは様々で陶器から乾物、古い書物に色褪せた着物など特に目を引くものはない。ぼんやりと時人が飽きるのを待ちながらついて歩くと時人が一つの店の前で立ち止まった。その場でしゃがみ込み商品を手に取っている。その店は石屋だった。色とりどりの石が並んでいる。水晶などの類も扱っているがどれもが殆ど自然の形のままであり、加工された装飾品などは並んでいなかった。

時人が欲しがるものは甘味か装飾品が大体だ。この店に並ぶものは時人に言われせれば石ころだろうに、珍しいこともあるものだ。

「………」

「………」

随分と長い時間時人は動かない。私の位置からは時人が何を手にしているのか見えないが一体何を思案しているのだろうか。声をかけようと口を開いたところで先に時人が振り向いてきた。

「なぁ、アキラ…。小遣いの前借りダメか?」

「あなた、また無駄使いしたのですか?」

最近では節制していると思っていたのに陰で使っていたのか、全く。呆れたように息を吐くと時人はムスッとした表情で見上げてきた。

「違うっ!小遣い2回分の金は持ってるよ!ただ、ちょっと足りなくて……」

「なら諦めなさい」

「どうしても欲しいんだよ!アキラのケチ!」

「ケ、…一体何が欲しいって言うんですか?」

こうやって小遣いをせがむ姿は幾度となく見てきたが今回は時人にしては珍しい店での買い物だ。何にそこまで心引かれたのか聞いてみる。

「……これ」

「綺麗な石ですね」

青とも緑とも取れる絶妙な色。光の加減により何とも幻想的に石自体の縁が黄色く透けている。水の流れで削られたのか他の石よりも丸みを帯びており、色もこの石特有のものでこの店に一つしかない。そのため値段も他のそれより高めだ。

「悪いけどね、お嬢ちゃんがいくら可愛くてもまけらんないよ!」

露天商の一言に時人は困ったように私を仰ぎ見る。子犬のような目で見るんじゃありません!しかしこんな時人は初めてだ。確かに美しい石だとは思うが…。

「理由があるのでしょう?言ってみなさい」

「え、…嫌だ」

ここまで欲しい欲しいと目で訴えておきながら嫌とはなんだ。とうとう俯くものだから仕方なく時人と同じようにしゃがむ。

「内容によっては考えてもいいでしょう」

「……嫌だ、お前絶対バカにする」

「バカにもしませんし笑いもしませんから言ってみなさい」

自分の考えを人に伝えることはまだ苦手らしい。笑われ、バカにされることを極端に嫌う性格のためか素直になれない部分がある。大体こういう場合は可愛らしい理由だったりするから憎めないのだけれど。

「…アキラの眼の色と一緒だったから。」

「……はい?」

「これを見た時アキラの眼が売ってあるのかと思ったんだよ!」

私の眼が売ってあったら怖いでしょうとは言わなかった。頬を赤らめて真剣に伝える姿は本当に可愛らしい。

「だから、もうアキラの眼は見れないないし、これならいつでも見れるって思って……」

つまり、私の瞳の色に似ているからこの石が欲しいと。そう言ってそっぽを向く時人は少しふてくされているように照れている。

無意識に私を喜ばせていることに気がついていない。本当に気がついていない。言い換えれば、いつも私の瞳を見ていたいと言っているようなものだというのに。
たまに、時人をドロドロに甘やかしたくなる。今、まさに、そんな心境だ。

「……アキ…ラ…?」

あまりのことに固まっていると不安げに時人が顔を覗き込んでくる。膝に手を当てながら首を傾げ上目使い。トドメの一撃とはこのことだろうか。こうなったなら買ってやる他ないと思う。抱き締めたい衝動をこらえ財布を出すため懐に手を入れた。



110122.
title:Aコース
(この後の綻んだ時人の笑顔だとか)(石を眺める姿だとか)(やはり、離したくないのは私の方だ)


私はこの場の露天商になりたい。(そしてタダで時人ちゃんに売る)