信じたくなくて嘘だ嘘だと呟くも聞こえてくる声が否定を許してはくれない。

「残念ですが本当ですよ。知らなかったのは挨拶にも来なかったあなたが悪いんです。」

壁一枚隔てた向こうから声が聞こえる、さっきからヒラヒラと男の手が見える。僕と同じ様に包帯の巻かれた腕が袖からちらちらと見える。間違いないアキラだ。

「い、いつから…。」

「私は昔からここで一人暮らしですよ?色々と援助や仕事でお金はありますし、元々伝手で用意された部屋ですし家賃は要らないんですがいい部屋を使わせていただいてます。」

「そうじゃなくて!いつからそこにいたんだよ!?」

独り言をいつから聞いていたのかって話だ!恥ずかし過ぎるじゃないか!愚痴を独り言で漏らしている所を聞かれてたなんて!失態にも程がある!

「まぁ、そうですね。あなたが引っ越して来てからの独り言は大方聞いていると思いますよ?」

今日も素晴らしく機嫌が悪いみたいですねだって!?ありえない!全部聞いてたってこと!?毎日のを?アキラとの戦いの日も、夏休み明けの愚痴も、毎度の告白の愚痴も?生徒会の話や些細なイライラも全部?ここで話してたこと聞かれてただって?
顔が熱くなるのが嫌なほど分かった。頭をかきむしりたい。

「ああああありえないっ!!なんでっ、なんで今まで黙って聞いてたんだよ!?ふざけんなっ!!」

「ふざけてなんかないですよ?それに勝手にベラベラ話してたのはあなたの方です。」

「だ、だからってっ!へっ、変態!!梵も!お前ら揃いも揃って盗み聞きして変態だ!」

「失礼ですねぇ。」

頭を抱えてギャアギャアと騒いでやると視界に影が差した。ガタンという音に顔を上げるとアキラが目の前にいた。信じられない!

「何してんだよ!?不法侵入だっ!壁越えるなんてバカじゃないの!?落ちたらどうするつもりだよっ!?ここ11階なん「おや、私の心配をしてくれるんですか?」

「誰がっ!!お前なんか落ちて死ねっ!」

訳が分からない!壁をベランダから越えてくるなんて僕らにとっては容易いことだけど普通はしないだろ!?何クスクス笑ってんだよ!ムカつく!出てけよ!不法侵入だ!警察、警察呼んでやる!

「いい顔してますよ?そんなに取り乱して真っ赤になって。」

ああああ何処までもバカにして!逃げたい!逃げ出したい!アキラが隣人だなんて知りたくもなかった!消え去りたい!!

咄嗟に一歩後退した時足に激痛が走った。しまった、と思った時には遅くて足がガクンと落ちたのが分かった。転ける。またコイツの前で醜態を晒してしまう。最悪だ。

「っと、相当キテますねその足。」

体が後ろに傾いたとき腕を掴まれ引き寄せられた。もう片方の手でしっかりと腰を支えられている。目の前にはカッターシャツの胸ポケットが見える。近い近い近い!

「は、離せっ!」

「お礼くらい言ったらどうですか?可愛くないですよ?」

「関係な「さっきの取り乱し様は可愛らしかったのに。」

「バカじゃな……。」

咄嗟に見上げてしまい間近で見てしまった。いつもの憎たらしい笑顔じゃない、僕が初めて見る優しい笑顔だった。



100924.






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