授業終了のチャイムと同時に屋上を施錠した。

あの後、後始末のため覗いた屋上は人影一つなくなってしまっていた。どうやら本当に梵が片付けてくれたらしい。お礼くらいしてやってもいいかもしれない。パイプやバッド、ナイフがそこら中に捨てられていてそれらを適当に集めゴミ箱に差し込んだ。きっとゴミ回収の生徒が来たら驚きだろうな。
せかせかと帚を動かして簡単に掃除して用具を片付けてまた屋上に出る。

「……痛い。」

空を見上げ深呼吸したところで傷の痛みは消えない。勿論声に出しても、だ。一番痛む足を見るとうっすら赤が滲んでいた。あんなにガーゼと包帯を巻いたのにと溜め息をつく。授業中だから静かで居心地のいいここはやっぱりサボりには最適で鬼眼たちが少し羨ましくなった。


下校時間に何事もなかったかのように教室に戻り荷物を持って他の生徒に紛れて学校を出た。たくさんの視線は慣れている。小さな頃から何かと注目されるので叔父の村正が得意気な様な威嚇の様な笑顔を貼り付けていたのを思い出す。特に同年代の男子に対しての威圧的な笑顔は何なのか未だに分からない。
叔父には無理を言って一人暮らしをさせてもらってる。迷惑やお金をかけているのは分かっているが自立心を高めたいと伝えるとすんなりOKを貰えた。どこか過保護な叔父が何故、と思ったらセキュリティー完備のマンションを用意されていたからだった。いつまでも僕を子供扱いだから困る。反抗期にはそれらしい反抗を重ねて悲しませたことを今は少しだけ後悔してるから過保護な面は大目にみている。だって大切にされてるって証拠でしょ?

マンションの11階のエレベーターから一番離れた角の部屋が僕の住居。柵を開けて更に3つもある鍵を全部開けてから入室できる。鍵を内からかけて靴を脱いでやっと僕だけの空間。1人を寂しいとも思わないし当たり前だと思うから薄暗い部屋に何の関心もない。こういうところが可愛くないってヤツなんだろうか。

鍵は玄関の側にある小さな籠に投げ入れた。チリンと目印の鈴が鳴った。廊下を歩いて突き当たりのリビングへ繋がるドアを開いた。着替えるのも今は面倒でブレザーだけを脱いで鞄と一緒にソファーに置いた。そのまま止まることなくバルコニーに出る。角の部屋だけにあるバルコニーは屋上と同じ風が吹いていた。1人締めするには広すぎる空間が好きじゃなくてL字のバルコニーの端、一番狭い隣の部屋に隣接した場所が定位置になってる。壁一枚隔てた向こうには別の住民が住んでいるのか、いないのか。引っ越しの挨拶なんてしてないし、もう半年近く暮らしてるけど一度だって顔を見たことがないし、防音完備のマンションじゃ生活音なんてわからないし。つまり知らない。居たところで僕の生活に関わりないんだけど。

「痛いし、惨めだし、カッコ悪い。なんで僕がこんな目にあわなくちゃいけないんだよ!」

アキラにやられた傷さえ無ければこんな思いしなくて良かったのに!大体、僕に相手にされないっつわかってるのに告白してくるなんてどうかしてる!結果の見えてることだって自覚してるクセに逆恨みなんて迷惑極まりないじゃないか!その上返り討ちにあうなんてクズ過ぎて笑えもしない!女だと思って舐めてかかるなんてムカつく!僕をバカにして!悔しい!ムカつく!イライラする!

「…はぁ、…はぁ。」

独り言で一気にまくし立てる。愚痴を言う相手を持たない僕の悪い癖だ。どうにも独り言が多いらしい。特にイライラしたときはこの場所で町に向かって吐き出す。多分、これがなかったらストレス発散出来ない。

「はぁ、アキラにやられたのは僕が弱いからだ。今日だって結局同じ。弱いからまた怪我して…。」

ダメだ、自己嫌悪に陥ると出口の無い渦をグルグル回ってる気になって吐き気がする。止めよう。

「やっぱりアイツらとアキラが悪いことにしよう。」

「人のせいにするなんて酷いですね。」

「!?」

このムカつく口調と声を聞き間違うことがあるだろうか。

「…嘘だろ?」

「はじめましてお隣さん?」

間違いなく声は壁の向こうから聞こえていて端からは腕に包帯を巻いた手がヒラヒラと振られていた。



100922.

バルコニー、マンション。
ナニソレ。





7