「悪いなアキラ、わい今日は食堂で食べるわ。」

「別に悪いだなんて思わなくても気にもしてませんからさっさと行きなさい。」

「つれへんなぁ。」

虎とお昼を一緒したいだなんて言ったことはない。私からすれば付属品だ。メンバーに変動があることなんて気にしない。ああ、時人がいないことは気にする。せっかくのお弁当が余るだなんてことは許されない。

チャイムが鳴る前に授業が終わった。少し早い昼休みにクラスは嬉しそうだ。私もお弁当2つとペットボトル2つが入った手提げを手に取り早々に教室を後にした。

今日はお茶を用意した。夕食の時間に冷蔵庫を覗くと封の開いたペットボトルが毎日置いてあった。ラベルが日によって変わっていたしどれも校内の自販機で売っているものだったので昼食後に買って飲んでいるのではないかと推測したのだ。

時人が朝ご飯を食べていないということは少し考えればすぐに分かったというのに、少し自分が不甲斐ない。
あの冷蔵庫の中では仕方がないか。ここのところは余った食材を時人の冷蔵庫に入れているので当初の悲惨な姿は見られなくなったもののやはり物寂しい冷蔵庫だ。

炊事をやるために時人の家に入り浸っているようで時人にとって自分は異性と見られていないのかもしれない。都合のいい家政婦と認知されていたりしたら…少しショックだ。


屋上への扉を開けると眩しいくらいにいい天気だった。涼しい風に暖かい日差し、少し気分が晴れた。

「狂、先にいらして……。」

気分が晴れたは撤回しよう。狂はいつもと変わらない位置でフェンス越しに町を見下ろしている。その隣で狂にもたれ丸くなって寝ている時人がいた。腕は狂のそれに絡み、手はこの間のように狂の指を握っている。端から見れば可愛らしい姿ではあるが私からすれば不愉快極まりない。それが例え一種の義兄妹という間柄の二人であろうと元は赤の他人だ。

「……ゆやさんに言いつけてやりましょうか?」

「フン、随分余裕がねぇな。」

笑顔を取り付けながら近づくと規則正しい寝息が聞こえてきた。寝顔を見るのは初めてだ。色素の薄い睫毛が日の光の加減によってキラキラと光って見える。あどけない顔立ちと美しいそれとが不釣り合いのようでとても調和の取れた芸術品のようでもあった。素直に可愛いと思う。
そんな感想をおくびにも出さずに狂に八つ当たりをすると皮肉で返された。余裕?あるはずがない。いつだって必死だ。

「私という存在を刻みつけたくて必死なんですよ。」

「お前も変わらねぇな。」

「え?」

フッと笑った狂は身じろぎした時人に反応して視線を送った。それは紛れもなく兄としての慈しみの眼だった。鬼眼と呼ばれる眼があんなにも優しく細められるのだ。それは今まで何度も見てきた。類は違えど私たちには仲間としての、ゆやさんには一人の女性としての、そして時人には家族としての愛情の籠もった眼だ。

「はぁ、確かに。いつまでもガキですよ。」

家族に嫉妬だなんて呆れてものも言えない。執着心は幼い頃から変わらないようだ。

「…そういう意味じゃねえよ。」

「…え?」

「いや…。」

狂の言葉はよく聞き取れなかったけれど深追いはしなかった。それよりもさすがにいつまでもこの状況は面白くない。時人の前に座ると肩を揺すった。

「ん…。」

眉を潜め身じろぎするも起きそうにない。しかしこの寝顔を見る輩を増やしたくはない。

「時人、起きてください。」

「…や、」

「嫌じゃありませんよ、時人。」

「ん、ん?……アキラ?」

「おはようございます。あなたがサボるなんて珍しいですね。」

あなたの大好きな吹雪に言いつけてあげましょうか?とは言わなかった。未だ今朝のことを根に持っている自分が恥ずかしい。痛めた足で駆け寄る程大切か。私を置いて、忘れ去っても吹雪の方へ行くのか。そんな嫉妬心が漏れ出していたらしくあの時人が申し訳無さそうにしていたのだ。嫉妬ということに気がついてはいなかったようだが気まずかったらしい。彼女は極めて鈍感だ。

「え!?わっ!何!?」

時人は私を見るなり驚き、自分の腕を見て咄嗟に狂から離れた。また無意識に引っ付いていたのか。

「寝ぼけてないで、もうすぐお昼ですよ?」

「お昼!?」

ちょうど午前の授業終了を知らせるチャイムが鳴り校舎中が一斉に騒がしくなった。

「えっ!?なっ、なんで起こしてくれなかったのさっ!!」

未だ少し混乱していた時人が漸く理解したようで狂に向き直った。

「僕は3分経ったら起こしてって言ったよね!?」

「起こしてやったが起きなかったのはてめぇだ。」

「起きるまで起こせよバカッ!!」

信じられないと怒る時人を意地悪な顔で笑う狂。全く、大方寝不足の時人を見かねて寝かせてあげたんだろう。分かりにくい優しさだ。

「過ぎたことなんですからもういいでしょう?」

そう宥めながら時人にお弁当を渡すと小言の間にありがとうと小さく返ってきた。

「喉乾いたからお茶買ってくる。」

そう言って立ち上がろうとした時人にペットボトルを差し出した。ちゃんと用意したと言えば渋々受けとってくれた。どうも彼女に関しての推測は当たるらしい。

時人が喉を潤しお弁当を開けると同時に扉も開き残りの三人がやってきた今日もゆやさんがいる。

「あら?時人ちゃん今日は早いんだね。」

「少しね…。」

灯の言葉を適当に流しつつ時人がジトりと狂を睨んだが、睨まれた本人はニヤニヤと意地の悪い表情だ。

「はぁ…それより早く食べようよ。ほたるが寝そうなんだけど。」

諦めのため息を吐いた時人は今にも意識を飛ばしそうなほたるを苦い顔で見ていた。



101206.
(アキラ、僕が昼寝してたの内緒だからね)(小声で言わなくても分かってますよ)(ならいいけど)(可愛らしい寝顔でしたよ)(!?)





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