昨日は帰宅してからいつも通りに過ごして携帯のアドレスと番号を交換した。それと同時に携帯が少し重くなったように感じた。実際有り得ないんだけど、そんな心境だった。初めて他人と連絡先を交換したんだ、今まではそんな必要なかったのに。

「……………。」

そして今、時間は朝の7時。登校準備は整ってるしもう部屋を出て鍵も閉めた。それも何分も前に。

「………うっ……。」

約束通りにアキラは部屋の前にはいなかった。ということは同じく約束通り僕はインターホンでアキラを呼ばなくちゃいけない。いけないんだけど……何でボタン一つ押すのがこんなに躊躇われるんだ!?

「約束だし………う、でも……。」

さっきから人差し指を出しては引っ込め出しては引っ込め…ああもうっ!押せばいいんだろ!


ピーンポ、ガチャ

「おはようございます。いつまでかかるのか心配でしたよ。」

「なっ!?」

出てくるの早すぎないか!?

「人の家の前でもたもたもたもたと…。」

「み、見てたのか……?」

「ええ、ドアスコープから。」

「ドッ!?ド変態っだな!!」

「朝から失礼ですね。」

どっちが失礼だっ!!

「7時を過ぎているのにインターホンが鳴らないので先に行ったのかと心配したら……何を躊躇うことが?」

「うるさいっ!見るなっ!変態だ!変態!」

緊張したなんて言ったらバカにされるに決まってるっ!見られてたなんて…くそっ!本当に変態ばっかりだなっ!変態集団めっ!!

「変態、変態とあなたは……?時人、あなた寝てますか?」

「…寝てるけど何?」

「いえ、少し目が赤いので寝不足かと。」

確かに昨日も寝付きが悪かった。

「寝不足は寝不足かな。寝付けなくて。結果的に寝てるから大丈夫じゃない?」

「隈が出来ると不格好ですし改善できるといいですね。」

「不格好ってなんだよ!余計なお世話だ!早く行くぞ!」

この話は止めだ!鍵を閉めるアキラを置いて歩き出した。





「足の方は随分よくなってきてますね。」

「歩く分にはもう痛くないよ。走るのは…ちょっと痛いけど。」

「昨日も見ましたが傷口も随分治ってきましたしよかったですね。」

「…うん。」

「その内この自転車も必要無くなりますね。」

その内と言うよりもう必要無いんだけど口にしない。口にしたらダメな気がする。

「必要も何もバスに乗れば座れるし自転車なんて最初からいらなかったよ!」

僕のばかっ!せっかくの"足"を無くすようなことを言うなんてっ!

「では、明日からバスで登校しましょうか。」

「…え?」

「バスでいいならバスで行きましょう。その方が私も楽ですし。」

アキラは何を言ってるんだ?

「しましょうか、じゃなくてさ、何?まさかバスにアキラも乗るの?」

「当然でしょう?まだ傷は治ってませんから。」

「あ、そう……。」

納得しちゃいけないような気もするんだけど何だろう、手段が変わっても一緒に登校することはアキラの中で決定事項なんだろうか?

その事について考えていると欠伸が出た。ゆっくり進む自転車は気持ちいいから僕の眠気をよく誘う。

「ふわぁ…。」

「欠伸ですか?隠さないとはしたないですよ?」

「隠してるに決まってるだろ!!」

僕を下品みたいに言うなっ!!
アキラから手を放すのはまだ怖いから頭を下げてちゃんと顔を隠した。今日は昨日より遅いからほんの少し他の生徒が登校している姿が見える。

「あ、ちょっと!止めて!」

「どうしました?」

キュッと止まってから僕は自転車を降りた。歩き出すと後ろでアキラが自転車を降りた音が聞こえた。

「やっぱり、吹雪さんっ!!」

少し小走りに駆け寄ると吹雪さんも僕に気がついた。少し足が痛んだけど気にならない。吹雪さんも登校が早いんだ!

「時人か、早いな。」

「いつもはもっと早いんだよ?」

「そうか。」

くしゃりと頭を撫でられた。登校中に会えるなんて今日はツイてる!

「吹雪さんも一緒に…あっ!」

忘れるところだった!振り向くと少し離れたところでアキラが自転車を止めて待ってる。向こうも吹雪さんと目が合ったのか軽く会釈してる。

「あ、えっと、」

「構わん、先に行け。」

「でも、……ごめんなさい、失礼します。」

「…ああ。」

ペコリとお辞儀をしてまた小走りでアキラの元に引き返すとアキラは黙って自転車に跨った。僕もならって後ろに座ると自転車は走り出した。……気まずい。空気が重い。。

「アキラ…。」

「何ですか?」

「なんと、なく…悪かったよ。」

「なんとなくで謝られても困りますね。」

「怒ってるの…?」

「別に?」

じゃあなんでそんなに言葉がトゲトゲしいんだよ!!

「分かんないけど、ごめん。」

もう一度謝るとため息をつかれた。なんだよっ!大体僕が罪悪感を感じるとかなんだよ!?

「何で僕が謝らなくちゃいけないんだよ…そうだよ!何で謝ってんだよ!謝る必要ないよね?」

「知りませんよ、全く。」

「そうだ、意味分かんないもん。今のナシ!ナシだから!」

罪悪感ってなんだよ、謝る意味が分からない。そう言うとアキラは呆れたようにため息を吐いた。

「わかりましたよ。ほら、そろそろ着きますから大人しくしてください。」

どこか宥めるように言われて不服だったけど大人しくする。

「理由はともあれ、あなたが簡単に謝罪するなんて意外ですね。」

「………。」

言われてみればそうだ。さっき吹雪さんにも謝った。アキラにも謝った。過去に僕がこれほど違和感なく謝罪したことがあっただろうか。遠い昔にあったような、どちらにせよあまり覚えてない。

「後その無鉄砲さをどうにかしてほしいですね。怪我をしているのに走るなんて…昨日も走ってましたし。」

「う、悪かったってば。」

「それはそうと、」

痛くないとは言えないけど走れないこともないんだ。ちょっと心配しすぎじゃないか?
内心愚痴ってるとアキラは思い出したように話を変えた。

「今日も、委員会ですか?」

「え?あぁ。」

「まぁ、連絡して下さい。それまで適当に時間を潰しますから。」

「わかった。」

そう返事をすると丁度学校に着いた。駐輪場から出てきたアキラと教室に向かう。その間お互い特に話もしないで沈黙。気づけばもう教室に着いていた。

「じゃ、お昼に。」

「えぇ……。」

アキラがじっと顔を見てくる。なんだろう。まだ目が赤いとか言うんだろうか。

「どうしたのさ。」

「いえ…朝食は取りました?」

「朝は食べないよ。」

そう答えるとアキラは呆れたように首を振った。なんなんだ、今日はずっと呆れた顔ばっかり!!

「明日からは朝食も用意します。」

「だから!食べないんだってば!」

「時人。」

「………わかったよ。」

返事に満足したのか自分の教室に行くアキラの背中を見て思った。

お母さんってあんな感じなのかもしれない。



110112.





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