起床時間はいつも通りで思ったより酷い寝不足じゃなくてよかった。多分早めにベッドに入ったからだ。なかなか寝付くことが出来なかったけどいつの間にか寝ていたらしい。まぁ、そんなものだろう。

ベッドから出ると朝の支度を終わらせ玄関へ。出発の準備は整った。今日はしっかりと鍵もある。時間は7時。昨日の起床時間だ。恐らくアキラはまだ寝ている。もしくは今頃起床か。そんなことはどうでもいい。今日は久しぶりに落ち着いて登校出来るわけだ。





「おはようございます。」

ドアを開けて、閉めた。どうして昨日と同じようにアキラが柵の前に立っているんだろうか。もしかして僕はまだ寝てる?もしくは寝ぼけているのか?恐る恐るもう一度ドアを開けた。

「朝の挨拶は大切ですよ?」

「何でアキラがいるんだよ!!」

「元気そうで何よりですね。」

クスクス笑う姿は夢でも幻でもない。信じたくないが現実だ。まだ7時だぞ!?何でいるんだよ!

「昨日の朝わざわざ説明してくれたじゃないですか。」



"只でさえ寝坊して一般生徒と同じ時間に登校するってのに!"



「昨日の時間で寝坊ならいつもの朝はもっと早いわけでしょう?それも他の生徒が登校していないような時間に。学園の門は7時15分にならないと開きませんからそれ以前に登校する可能性は低いですし登校時間を計算して大体7時15分の30分前の6時45分からここであなたを待てば部屋から出てくると思いまして。」

「………ストーカー。」

「何か言いましたか?」

「…別に。」

どうしてだか寒気を一瞬感じた。もしかしてアキラって怖いのかもしれない。いろんな意味で。

「僕がまた寝坊してたらどうしたのさ。」

「待ってましたよ、ずっと。」

にっこり微笑んだアキラにどう反応したらいいのか分からなくなってきた。喜べばいいのか嫌がればいいのか、若干恐怖が混じるのは何故だろう。………ん?喜ぶ?一体どこに?

「それってどうせ僕が何を言おうとも止める気ないんでしょ。」

「はい。」

「…はぁ、わかったよ。登校するときアキラの部屋のインターホンを鳴らしてやるから外で待つのは止めてくれない?」

「意外ですね、時人がそんなことを言うなんて。」

「外で待たれてるよりマシ。誰かに見られたくない。」

「とか言ってベルを鳴らさずに先に行ったりしませんか?」

「しないよ。弱み握ってるのはそっちでしょ?」

「それもそうですね。」

「但し、ベルを三回鳴らしても出てこなかったら先に行くから。」

「わかりました。」

そんな会話をしながら駐輪場へ。昨日と同じく自転車に座るとゆっくり動き出した。

「随分と素直になってきましたね。」

「抵抗することに疲れただけだ。どう転んでも僕の降参で終わりじゃないか。」

「学習能力が高いとこちらも楽ですね。」

「凄く失礼だって気づいてる?」

「褒めてるんですよ、私の周りには馬鹿しかいないようなので。」

「ああ、分かるよなんとなくね。」

昨日より随分ゆっくりな速度で進む自転車には僕への気遣いがあるのか、近所の迷惑を考えてなのかは分からないがまぁ恐らく後者だろう。朝方の澄んだ空気が頬を撫でていって気持ちいい。今は周りに人もいない。目を閉じて深呼吸すると丁度下り坂に差し掛かったらしく自転車が傾いた。その拍子に思わずアキラを掴む腕に力が入って体は重力に従って大きな背中にぶつかってしまった。

「どうかしましたか?」

「…ちょっと油断してただけ。」

坂道に?とクスクスと笑われた。返事の代わりにドンッと背中頭突きをするとアキラは息を詰まらせた。ざまあみろ。
案外、アキラの背中が暖かかったからそのまま体を預けることにする。ちょっと眠たくなったのは秘密。絶対からかわれるから言わない。





「ああ、今度から告白をされる時は私の名前を出してくださいね。」

「は?」

また唐突に何を言い出すんだろう。アキラの考えがよく分からない。
学校に着いた僕とアキラは教室に寄ること無く屋上に出た。朝は一段と気持ちのいい風が吹いている。

「黙っていれば可憐そうに見えるんですからそういうことは多いんでしょう?」

「一言多いんだけど。」

「中身を知ったら誰も寄り付きませんよ。」

「………で、さっきのはどういうことなのさ。」

だったらお前らはなんなんだ。とは言わなかった。

「私の名前を出して体よくお断りした方があなたも後々楽でしょうから。」

「いまいちよく分からないんだけどどの場面でアキラの名前を出すのさ。」

「好きな人、とでも言ったらどうですか?」

「バッ!バッカじゃないのっ!?そんな事言えるわけないだろ!?大体僕はお前がキライだ!!!」

そんな事言ってみろ!低俗なヤツらは噂として校内に広めるに決まってるじゃないか!バカバカしい!!本当にバカだよ!なんでそんなこと笑って言えるんだよ!!
あまりの事に顔を反らして怒鳴った。

「キライ…ですか。」

「当たり前だ!」

「……当たり前、なんですか?」

「え……。」

含みのある言葉に振り向くとアキラが笑ってなかった。頭が一瞬真っ白になって、…怖い。

なんで笑ってないんだよ。いつもみたいに笑って、酷いですねとか言って嫌みを続けざまに言えばいいじゃないか。戦った最中だって、ムカつくぐらい笑ってて、劣勢でも笑ってて、悔しそうな表情とか怒ってる顔とかは見たけど、そんな顔、見たことない。
なんで真顔なのさ…?


「アキ、ラ…?」

言ってやりたい言葉は沢山あるはずなのにやっと出た声はかすれていた。






「好き、ですよ。」



「……え、」

「ふふっ、私は好きですよ?」

「ぼ、僕をからかってるんだろ!」

にっこり笑ったアキラはいつものアキラで、嫌みな笑顔に思わずそう返せばクスクスと笑われた。

教室にもどりますねと言って校舎に入っていったアキラもやっぱりいつも通りで遅刻しないようにと嫌みも残して行ったから僕は人知れず安堵した。

ドクドクと脈打つ心臓は痛いくらい主張していてうるさい。怖かった。アキラが怖いだなんて可笑しい。笑えるけど笑えない。きっと、からかわれただけ。そうに違いない。次に顔を合わした時もきっとアキラはいつも通り笑ってる。笑ってるに決まってる。だから、気のせい。気のせい、気のせいだ。



101126.
(一度目の好きを言ったアキラが一瞬、ほんの一瞬だけ)

(悲しそうに笑ったなんて)





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