部屋に上がり込んだアキラは一度自分の部屋に戻って支度をすると夕飯の買い物に行くと言って出て行った。

「僕も行こうか?」

「誰の足の為に行くと思ってるんですか?大人しくしていて下さいね。」

それとも私と一緒に買い物したいんですか?だなんて軽口を叩くものだから玄関から追い出してやった。用心の為鍵は閉めなさいと言われてガチャリと閉めたところで気づいた。

「…また鍵持って行かれてる……。」

用心って言ったのは誰だ。一番危ないのはアイツかもしれないと薄々感じながらいつまでも制服でいるわけにもいかず着替えの部屋へ向かった。

僕の住まいにはリビング、キッチン、寝室、タンスが置いてある着替え用の部屋、勉強部屋がある。勉強部屋なんかはほとんど使ってないしいつもリビングで過ごしてるんだけど。

洗濯物を持って脱衣所にある洗濯機へ入れる。そういえば昨日は洗濯するのを忘れてたな。いつもより少し多く洗剤と柔軟剤を入れてスイッチを押した。アキラが用意した(アキラのそれより小さくて僕でも食べ切れた)弁当箱を洗ってからリビングへ移動するとソファーに座った。特に見たい番組とかはないんだけれど目の前のリモコンが目に留まりテレビをつけた。

ぼんやりと暇だなと思って気がついた。いつもならバルコニーに出てベランダって言う方が相応しいあの狭い空間で愚痴をこぼしているのに今日はしていない。帰宅したら直行していたのに。気づいたところで行動しないのは多分、アキラにベラベラと昔の話をしたからだ。

「喋り疲れた…かな。」

誰かに話すということは慣れない。結局一人でぼやいてただけのような気もしてきた。

アキラがいつ帰るか分からないけれどお風呂に入ろうかな。何だかすることがないし。
プツンと点けたばかりだったテレビを消してお風呂の用意をして脱衣所へ向かった。起動している洗濯機は無視して服を脱いで包帯を解いた。まだ歩くと痛みはあるし傷を見ても朝よりマシになっただけでまだ痛々しい。跡が残りそうで嫌だな。

お風呂と言っても昨日同様シャワーで済ませた。今日は髪をしっかり乾かしてからリビングへ向かう。

「電気が点きっぱなしでしたよ?」

「あ、忘れてた。」

帰ってたアキラに言われて思い出した。テレビは消したけど電気を忘れてた。

アキラはソファーに座ってテレビを点けずに本を読んでいた。多分自分の部屋から持ってきたんだろうそれをパタンと閉じて用意してあった救急箱を開けた。僕はもう何も言うまいと決め大人しくソファーへ座るとアキラは僕の前に正座して昨日と同じく器用に手当てして包帯を巻いていった。

「ご飯何作るの?」

「今日はうどんです。」

「なんで?」

「ほたるがボソリと漏らしたので。」

一々メニューを考えるのが面倒でほたるのたまに出る意味不明な呟きからいつもヒントを得ているらしい。

「今日は"キツネ"と呟いていましたからうどんにしようと思いまして。」

「変なの。」

「案外楽しいですよ。」

そんな会話の後に昨日同様夕食の手伝いをした。今日はネギを切ったくらいで後は市販の麺とつゆに油揚げとかまぼこを入れて、昨日に比べて随分簡単だ。キッチンの洗い場に立てかけてたお弁当箱を見てアキラはクスリと笑った。

「意外と律儀ですね。」

「意外は余計だ。」

少し怒ったように言うとクスクスと心底楽しそうに笑われた。僕が洗い物をしてアキラが洗い終えたものを布巾で拭いて……待ってよ、なんか普通に"ご飯なに?"とか会話して普通に一緒にご飯作ったりして僕は何してるんだろう。確かに何も言わないって決めたけど、さ。おかしくない?アキラが部屋にいることに慣れてない?僕ってこんなに順応性高かったっけ?何穏やかに会話してんだろ?

「何ボーっとしてるんです?伸びますよ?」

「え?あぁ。」

器に入ったうどんをテーブルに並べながらアキラは動かなくなった僕に声をかけてきた。返事をすると怪訝そうな顔をして食器棚の引き出しからお箸を二膳取り出して同じくテーブルに並べた。ああ、分かったぞ。

「アキラが平然とし過ぎなんだ。」

「何がですか?」

「……もういい。」

諦めよう。どうせこの足が治るまでなんだ。それまでコイツのお節介に付き合ってやろう。
僕は軋んだ胸に気づかずに席に着き手を合わせた。










寝れない。

ベッドに入って一時間ずっと目を閉じていても冴え渡る頭に苛立つ。アキラは食べ終わり洗い物を済ますとすぐに帰って行った。お風呂を済ませてしまっていたから寝る準備をして寝室に入ってから随分経つ。早く寝たいんだけど寝れないもどかしさがイライラに変わる。幼い頃は寝れない時鬼眼の部屋に行ったり、叔父がいる時は叔父の部屋に行ったりしたけど間違っても今は出来ない。距離的にも年齢的にもだ。

「…何かないかな。」

開けることの少ない寝室のクローゼットは物置と化している。渋々起き上がり電気を点けてクローゼットを開けた。物色するけど出てくるのはシーツの替えやらでろくな物がない。諦めてクローゼットを閉じるとベッドに腰掛けた。

寝れないなんて久しぶりだ。最後に寝れなかったのはいつかと記憶を巡れば鬼眼が家を出る前にしか覚えがない。隣に誰がいようとどうしても寝れない時はぬいぐるみを抱きながら寝たりもしたな。ぬいぐるみなんて叔父の家かとうの昔に捨てたかだろうけど。

きっと昔話のし過ぎだ。小さい頃の癖がどんどん出てきている気がする。もう一度ベッドに入り目を瞑った。一人暮らしだっていうのにダブルベッドを用意した叔父に少しイラッとした。この冷たく大きいベッドが居心地悪いと感じたのは初めてだ。



101118.





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