アキラが何か話を聞かせてほしいって言うから朝よりもゆっくりなスピードで走る自転車に揺られながら僕は昔話をした。



母親は僕が小さな頃に亡くなった。母親の記憶はほとんど無くて存在していたってことしか覚えていない。父親の記憶は全くないし母親同様、僕には興味がないからどうだっていい。

母親が亡くなってからは施設に入ったり親戚をたらい回しにされたりであの頃から人が嫌いだった。上辺だけの情しか見えなかったから。しばらくして叔父に引き取られた。何ですぐに引き取ってくれなかったのかって思ったりもしたけど多分、鬼眼もいたからよくわからないけどあっちの方で忙しかったのかもね。

連れて行かれた家は今までいたどの家より大きくて静かだったのを覚えてる。迎えてくれた叔父はいつも人の良さそうな笑顔で僕は信用しなかった。叔父に紹介された鬼眼にも興味がなかった。とにかく周りの物に興味が持てなかった。
まだ小学校入ってなかったかな。誰とも遊ばずに一人で過ごすことが多い無愛想な子供だったよ。

叔父はほとんど家に居なかった。必然的に鬼眼と二人きりになることが多かった。幼稚園には行ってたけど誰とも話さなかったし。今思えばあの過保護な叔父がよく家にも帰らずに小さな子供を野放しにしてたなって思うよ。

僕は送迎のバスで幼稚園に通ってた。朝は小学校に堂々と遅刻してた鬼眼がバスが来るまで一緒にいてくれて帰りは帰りでサボって学校を抜け出してきた鬼眼が毎日バスの停留所で待ってた。
無口で無愛想なのはお互い様で、でもそういうとこがあったから自分で言うのもなんだけど次第に懐いたんだと思う。

小学校に上がったら毎日鬼眼と登下校してたし、家でももちろん毎日一緒だった。信じられないかもしれないけど一緒に遊んだりしてたんだよ?笑えるだろ?

ご飯?ああ、鬼眼が用意してたよ。作ってる所はあんまり見たことないけど。だから鬼眼は自炊できると思うよ。………う、うるさいな!鬼眼が手伝わせてくれなかったんだ。料理は学校の授業くらいしかしたことない!

あ、でも一度だけ叔父にご飯を作った時があったな。確か、叔父の誕生日か何かだった気がする。その時は手伝わせてくれたしケーキも作った。市販のスポンジケーキを買って来て生クリームをベタベタ塗ってフルーツをこれでもかってくらい乗せたり挟んだりして。チョコレートのペンで文字書いたりしてさ、テーブルに料理とケーキを並べて折り紙で部屋を少し飾ったりして。

でも、叔父は帰りが遅くて僕はそのままリビングで寝ちゃって、起きたらベッドで寝てたんだよね。叔父と鬼眼に挟まれて叔父の部屋のベッドの上にいて。…一人部屋を貰ってたし、鬼眼と一緒に寝たことはあったけど大人と一緒に寝たのは初めてで腕に抱かれてるのが妙に安心出来たのを覚えてる。それからかな、叔父が定期的に休みを取り出してさ、過保護に拍車が掛かってきたのは。

で、小学校の高学年になってから鬼眼が家に帰らなくなってきて結局一人暮らしを始めた。
家の用意は叔父がしたから会おうと思ったら会えたんだけど……意地張ってたのかな。黙って出て行かれてさ、叔父も僕に何も言ってくれなかったし仲間外れされた気分で…嫌ってたんだ。あの頃からまた叔父にも反抗的になって結局今もまだ付き合いにくい感じでずるずるしてる…かな。

え?今は嫌ってなんか無いよ。感謝もしてるし、むしろ好きだよ。あの人結構マヌケなんだよ?何にもないところでコケたりしてさ、笑えちゃうよ。まぁ、でも気まずくて。今更家族面出来ないんだよね。

中学上がったら三年に鬼眼がいるわけで、学校でも無視して嫌悪感出しまくりで接してきたんだ。言っても一年の時だけなんだけど。…高校に上がってからは気にしてなかったかな。吹雪さんのことでいっぱいでついて行くのに必死だったって感じ。

だから、多分嫌ってた時の事とか忘れてたんじゃない?分からないよ自分でも。……癖?…ああ、昼休みのあれね。……わ、笑うなよ!?…小さい頃とかに手を…繋ぎたくてでも、上手く出来なくて…。だ、だって手を繋ぐなんてしたことなかったんだ!!だから、指を握ったんだよ。そしたら握り返してくれたから。その、それが嬉しかったんだよ!だって握ったら握り返してくれるし、嬉しくて…繰り返して…癖になっただけ…。
…………ちょっと、肩震えてるんだけど!?ねぇ!笑い堪えてるんでしょ!?笑いたかったら笑えばいいよっ!!



「ハハッ!」

「笑うな!!」

「笑えって言ったり笑うなって言ったり、矛盾してますよ?」

「大きな声で笑うなって意味だ!」

「フフフッ。」

「や、やっぱり笑うなよ!」

そんな会話をしてたらマンションが見えてきた。行きとは逆に坂道だったからしんどかったはずなのに話に夢中で気づいてやれなかったな。

「はい、着きましたよ。自転車をとめてきますね。」

「うん。」

駐輪場の近くで下ろされてカバンを受け取った。
僕は何をペラペラと喋ったりしたんだろう。誰にも言ったこと無かったのに。アキラだって面白くなかっただろうに。…癖の話は面白かったみたいだけどっ!!

「何を不機嫌そうにしてるんですか?」

駐輪場から出てきたアキラら可笑しそうな顔をして話しかけてきた。

「ベラベラと面白くもない話して悪かったね。」

「そんなことないですよ、笑わせて貰いました。」

「そこじゃない!」

「それに私がお願いしたことですから。」

「でも別に僕の話じゃなくてもよかっただろ?学校の話とかでもよかったかも…。」

「時人が話したいことを話してくれたらそれでいいんですよ。」

昨日見たあの笑顔だ。僕はどうもこの笑顔が苦手だ。直視出来ない。調子が狂う。

「それじゃアキラに悪いだろ。」

「おや、随分と素直になってきましたね。」

「…うるさいな。」

アキラに悪いだなんて。やっぱり調子が狂う。

「はいはい、立ち話はその足に悪いでしょうから行きますよ。」

「…うん。」

「ああ、そうだ。」

歩き出してすぐにアキラは止まって振り返ってきた。僕の手を右手を掴んで笑った。今度はいつもの意地の悪い顔だ。

「手の繋ぎ方のわからないあなたに教えてあげましょう。」

「え?」

「これが手を繋ぐってことです。」

ぎゅっと握られて思わず怒鳴った。

「それぐらいもう知ってる!!」

「それから、」

今度は指の間にアキラの指が入ってきて僕の右手とアキラの左手の手のひらがぴったりとくっついた。

「これは特別ですよ?」

そう言ってアキラはカバンを持っている方の手を持ち上げて口の前で人差し指を立てた。またあの笑顔でまるで内緒って言ってるみたいに。

「……バカじゃないの。」

熱い。なんか悔しくなって歩き出したアキラの背中にボソリと呟いてやった。
結局部屋に入るまで放してくれなくて、放れたら放れたで寂しいとか、全部小さい頃を思い出したからに違いないんだ。



101115.





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