今まで入る機会のなかった駐輪場で自転車から降ろされた。アキラは自転車を止めるとこちらを振り向いてクスリと笑った。その理由が分かるから敢えて何も言わなかった。変わりに恨めしく睨んでやる。顔がまだ熱い。

行きましょうかと促されて後ろに付いて歩く。別に一緒に行かなくたっていいしさっきだって自転車を止めているアキラを待つ必要なんてなかったけれど一応送ってもらった身だから大人しくしておく。

校舎に入って廊下を進む。一年生だけが旧校舎で生活し二、三年生は新校舎で生活する。科学系やコンピュータの特別教室は新校舎に設けられ美術関係の特別教室は旧校舎にある。といっても新校舎も旧校舎も離れているわけではなくて渡り廊下で繋がれている。渡り廊下の屋根に梯子が掛かっていて屋上から降りられるようになっていて屋上同士も繋がっている。鬼眼たちが行き来できるのは新校舎の方で旧校舎の屋上はフェンスで区切られているし旧校舎側からの入口は封鎖されている。想像しても古びたコンクリートに至る所に生えたコケが目に浮かぶので誰も近寄りたくはないだろう。

足は昨日よりは痛くは無い。と言っても痛いのは痛いのだけれど歩けない程じゃない。骨は折れてる様子もないし痛みも骨に響くような痛さじゃないし大丈夫だと思う。アキラの歩くペースはいつもに比べて随分遅いからきっと労ってくれてるんだろうなんて考えて少し照れくさくなった。
廊下を歩く生徒の視線は気にはならない。駐輪場から一番近い入口は旧校舎にあり、上級生も旧校舎を通って新校舎に向かうからだ。この時間に旧校舎の一階を歩く上級生は珍しくない。

「支えましょうか?」

「いらないってば。」

生憎僕の教室は三階にある。階段を上がることは辛くないし手すりもある。わざわざ僕に並んで階段を上がるアキラの助けもいらないし教室まで送ってもらう必要もないんだけどとやかく言うとまた脅しが始まるのが目に見えているし黙ってる。さすがに階段を登りきった時には生徒の視線も多くなった。渡り廊下は一階と三階しかないし特別教室も全て一階にあるから上級生はあまり旧校舎を登らない。新校舎の三階以上の教室へ行く生徒はたまに使うが、稀だ。加えて有名な不良グループの一人とくれば説明するまでもない。

「わざわざどーも。」

「もう少し可愛げのあるお礼はないのですか?」

「必要ないでしょ。」

顔の熱も引いていつもの調子に戻ったところで教室に着いた。人の視線は幼い頃から慣れているけどどうもアキラといると居たたまれない。きっと僕がコイツに劣等感を感じてるからだ。

「お昼休みにでも迎えに来ますね。」

「休み時間毎に見回りに行ってるから別に構わないよ。」

「そうですか、では昼休みに灯を呼び出します。」

「分かった。」

屋上という単語は極力避けての会話。一般生徒の前で公には出来ないからだ。

「お昼。」

「?」

「お弁当作りましたので一緒にどうですか?」

「………分かったよ。」

「ではまた。」

お弁当って、まるで性別が逆じゃないか。それでも優しさを披露しておきながら問いかける笑顔からは選択肢が一つしか提示されていなかった。

教室に入ると誰とも目を合わさずに席につく。先に登校していたサスケはさっきまでの光景を特に気に止めずいつも通りに挨拶してきた。

「おはよう。」

「おはよう。」

「アキラか、そういやお隣さんだっけ?」

「何でそれをっ!?」

「幸村が。」

「…相変わらずか。」

真田幸村、アイツの情報網にはもうため息すら出ない。その内屋上に顔を見せるのも時間の問題かもしれない。一度席を立つと教室の一番後ろに設置された個人ロッカーの鍵を開けて今日の授業分の教科書を引き出した。

振り返ると未だに僕を見てこそこそ話しているクラスメイト。
好きだな、お前たちそういうの。本人に聞けもしないクセにコソコソと陰口だけは達者で。
席に戻ると筆記用具を出して授業開始のチャイムを待った。



休み時間になっては新校舎に向かい屋上へと登る。昼休みまでにある三回の休み時間では誰一人として屋上にはいなかった。けれど鍵が開いていたということは少なからず誰か居たはずだ。授業をサボってたのが丸わかりだよ。

午前中の授業終了のチャイムが鳴り生徒たちはガタガタと騒がしくお昼の準備を始める。サスケはいつも真田と共に食事をするらしく早々に退室した。僕も机の上を整理すると教室を出た。
屋上へ続く階段を登りきって扉を開けると鬼眼を含め四聖天も揃っていた。

「時人ちゃん!こっちこっち!」

一々言われなくても分かっているのに笑顔で呼ぶ灯に従った。近づくと梵とほたるの間に座った。梵の隣に灯とアキラが。ほたるの隣には鬼眼がフェンスにもたれて座ってる。円を作るように座ってるから僕の正面にアキラがいる。

「手当ては後ね?まずはご飯にしましょ。」

灯の言葉にこくんと頷くとアキラはにこやかにお弁当を差し出してきた。

「時人の分です。」

「えーっ!アキラってばいつの間に時人ちゃんと仲良くなってんのよ!!」

「そ、そんなんじゃない!アキラが勝手にしてるだけだろ!」

灯の言葉に焦りながらお弁当を掴む。

「一応、ありがと。」

「いいんですよ。自炊の出来ない時人さん。」

「時人自炊できないんだ。」

「うるさいな!ほたるだってしてないだろ!」

「うん。遊庵の家にいるから。」

「いいねぇ。俺には作ってくれねぇのに羨ましいぜ。」

「何言ってるんですか。何年一人暮らししてるんです?」

「家事なんざ女の仕事だろ?」

「それって偏見じゃない?今時男だって家事ぐらい出来なきゃ!あ、狂はいいのよ?」

「………。」

「ねぇねぇ、アキラはなんで時人が自炊出来ないって知ってんの?」

「さぁどうしてでしょうね時人?」

コイツわざとだ。
僕としてはアキラが隣人なのはあまり知られたくない情報だ。あえて僕に振って出方を見てる。知られたくないのか、構わないのか。今回はその選択肢を優しさとして受け取ってやるよ。

「……真田に聞いたんだろ。」

アイツの情報収集力はコイツらが一番知ってるから納得した様だった。アキラは相変わらずの笑顔だったし気にはならなかったけどちらりと見た鬼眼と目が合ったのにびっくりしてすぐに逸らした。
お弁当の中は綺麗な彩りで……美味しかったよ。



101029.





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