寝起きは悪い訳でもなく良いわけでもない。ただやっぱり少しだけボーっとする。すぐに顔を洗えばスッキリして目が覚めるから本当に少しだけ。目覚ましはかけない。安眠妨害の何物でもないし、あの騒音で目覚めるなんて朝から気分が悪いから。幸い僕は定時には目が覚める身体になってるから必要はないんだけど。

「……寝坊した。」

ベッドから上半身を起こして壁にかけてある時計を見る。時間は7時。授業開始は8時30分。登校時間は約20分かかる。バス通学だけど別にバスの本数が少ないワケじゃない。ただ朝早くに家を出るのが好きなだけ。人気の少ない朝の空気は静かで心地良い。バス停までの道のりも気持ちいいし、登校している生徒が少ないってのもいい。それに何より教室を独り占めできる感覚が好きだ。いつもは鬱陶しく賑わう教室がしんと静まり返っていて好き。放課後の教室は掃除後で埃っぽいしどこか悲しいからやっぱり朝の教室が好きだ。最近は朝早くに叔父の伝手で病院に行っていたから登校時間は遅かったのだけど。

いつもは家を出ている時間なのに今日は寝坊した。きっと昨日のせいだ。昨日の一体どれのせいかと言えばきっと夕方から夜にかけての、言い換えればアキラのせいに決まってる。翌日にまで支障を来すなんて本当に迷惑な奴!

ため息を一つ吐いてベッドから降りた。いつものように洗面所に向かい登校準備をする。カバンの中身は昨日と同じ。所謂置き勉をしてる。私立学校な為3年間継続して使う鍵付きのロッカーが一人一つ設けられている。宿題もあまり出ない学校だから自宅に勉強道具を持って帰る機会は定期テスト前くらいだ。

アイロンをかけたスカートと埃を取ったブレザーを身に着けて玄関へ向かう。正直ブレザーを着るにはまだ早くて暑いんだけど学校の衣替えの規制ってちょっと時期がずれてるよね。ま、エアコンの効いた校内には丁度いいんだけど登下校は暑くて堪らない。

「あれ…?」

少し磨いてから靴べらでローファーを履いていつも部屋の鍵を入れている籠を覗くとそこにあるべき物がない。昨日最後に使ったのは僕じゃない。

「アキラ…っ!」

ガチャンと玄関を開けると柵を越えたところにアキラの姿があったこちらを向いて爽やかに挨拶なんてしてきてる。その指には僕の部屋の鍵がくるくると踊らされてる。

「返せよ!閉められないじゃないか!」

「挨拶も出来ないのですか、非常識な人ですねぇ?鍵は今かけてあげますよ。」

「あげますよ、じゃなくて返せって言ってるんだ!」

「毎晩ベランダ側から出入りするのは危険でしょう。うっかり足を滑らせて落ちたりしたら死んでしまいますからね。」

「だからって鍵を取る理由にはならないだろ!?インターホンを押して普通に入ればいいじゃないか!」

「普通に訪問して入れて下さいますか?」

「…だから、手当てなんていらないってば。」

「じゃあ鍵は私が預かっておくということで。」

「〜っわかった!わかったから!入れてやるから鍵は返せ!」

「約束ですよ?破ったら独り言の件を言いふらしますからね。」

「卑怯な奴!」

憎たらしく笑ったアキラが投げて寄越した鍵を受け取って鍵を閉めた。

「では行きましょうか。」

そう言ってアキラは柵を開けてエスコートするみたいに手を促した。どこか様になるのが気持ち悪い。

「まさか一緒に登校だなんて言わないだろうな。」

「そのつもりですが?」

「誰がそんな恥ずかしいことするか!只でさえ寝坊して一般生徒と同じ時間に登校するってのに!」

「そう言わずに。あまりグズグズしてると遅刻しますよ?朝は時間の流れが早いんですから。」

早いもんか。時間の流れはいつも一緒だばか。どうせ何を言ったって聞かないんだ。それに目的地は同じなワケだし、仕方ない。エセ紳士のエスコートに便乗してやろうじゃないか。



「どこに行くんですか?」

「どこって学校だろ?」

「私は自転車ですので少し待っていてくれませんか?」

マンションを出て行こうとしたら駐輪場に向かうアキラに呼び止められた。
自転車通学なのか。朝から運動だなんてご苦労様だ。アキラにとっては運動にもならないかもしれないけど。

「そう、僕はバスだからお先に。」

「待っていて、くださいね?」

「……わかったよ。」

小さく舌打ちをして渋々了承した。脅しだ。一生を使って同じネタで脅すに違いない。ああ、僕の命運は引っ越してきた時から尽きていたのか。神様を呪えばいいのか、はたまた叔父を呪えばいいのか。

「お待たせしました。行きましょう。」

「行きましょうって僕に歩けって?まさか走れだなんて言わないよね。」

自転車を引っ張ってきたアキラに問う。するとアキラは自転車に跨って憎たらしく微笑んだ。いや、朝からずっとこの顔だった。

「まさか、後ろにどうぞ?」

「バカじゃ「どうぞ?」

「……。」

有無を言わさないってのはこのことか。アキラの後ろに座るとカバンを取り上げられて自転車の籠にアキラのカバンと同じように入れられた。短いスカートで自転車を跨ぐようなはしたないことはしたくないから横座りだけどアキラは何も言わずしっかりと掴まる様に促してきただけだった。ぎゅっとアキラの腰周りの制服を掴んだ。二人乗りなんて初めてだ。少し怖い気もする。

「大丈夫ですか?行きますよ。」

「うわっ!?」

ぐっとペダルを漕ぎ出した時の揺れに思わずアキラの腰にしがみついた。頭の少し上からクスクスと笑い声が聞こえる。

「二人乗りなんて初めてなんだ!」

「それはそれは。危ないのでそのまましっかり掴まっててくださいね。少し坂道を下りますから。」

「ゆっ、ゆっくりしてくれよ!」

「さぁ?」

「ちょっ!」

マンションを出てしばらくすると自転車が傾いた。坂道に入った証拠だ。頬を撫でていく風は速い。目の前を横切る風景も速い。ちょっとっ!速い!速いってばっ!!

「怖い怖い怖いっ!ゆっくりって言っただろぉ!?」

「ブレーキかけてますしいつもより遅いですよ?」

「無理だってばっ!怖いからゆっくりしてよ!!」

「まぁすぐに終わりますから。」

「嫌だぁっ!!」

朝から声を張り上げさせないでよ!結局坂道ではスピードを落としてはくれなかった。僕はずっとアキラにしがみついてじっとしている他ならなかった。どっと疲れた感じがしてもうすでに帰りたいんだけど。

「あとは学校まですぐですから。」

口先だけの慰めなんて要らない!クスクス笑って楽しんでるな!?
キッと睨んでやるけど生憎背中しか見えない。脱力して周りを見ると学園の生徒だらけでまた肩に力が入った。生徒を掻き分けてアキラはすいすいと自転車を走らせる。振り返れば生徒の視線はアキラに、いや僕に集中している。めったに車の通らない車道を挟んだ向かいの歩道にいる生徒もバッチリこちらを見ている。
恥ずかしい、恥ずかしすぎる!顔に熱が集まる感じがして咄嗟に伏せた。体勢的にアキラの背中に隠れる形になるけれどもうなんだっていい。朝の登校中に男女の二人乗りなんて周りが見ればどんな想像を巡らすか僕にだって分かる。ゲスびた思考を繰り広げるに決まってる。興味深々に目を輝かせてこちらを見ながら同じ目をした友人に話しかける生徒の姿も見えた。クズの想像を共感し合う為だ。

羞恥心を掻き立てるこの生活はいつになったら幕を引くのだろうか。できることなら人生の内のこの半年間を消し去ってやりたい。

でも恥ずかしい状況の中で自転車を漕ぐアキラはきっといつも通りに涼しい顔なんだろうけれどその心情は一体どういったものなのか気になって仕方がない。僕はきっと真っ赤な顔をしてるし心臓がバクバクと騒がしいというのに。
さすがに今の顔を周りに晒すワケにはいかないから耳をつけることは出来ないけれど少しでもアキラの心音が聞こえないかとそっと額を広い背中につけた。



100829.
(ね、ねぇ。)(どうしました?)(自転車漕いでるけど前見えてるの?)(もちろん。)(…あっそ。)
学園の王道にけつ。





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