後片付けも済ましてばふっとソファーに体を預けた。つけたテレビもさして興味を引くものでもなく適当にニュース番組でチャンネルを合わせた。内容なんてどうでもいいし今はただ静寂が嫌なだけ。
成り行きでご飯を一緒に食べたけど今になって居心地が悪くなってきた。少し距離を開けて同じソファーに座るアキラはいつも通りで少しムカつく。

「今日の愚痴はあれだけですか?」

「え?あ、ああ。後は梵がそれを盗み見てたぐらいかな。」

あれ、とかそれ、とかはもちろん学校での一件だ。乱闘だなんて大問題だけど僕は正当防衛だろ?こっちには非はないはずだ。
梵が盗み見てたのもそれなりの代償は払って貰ったしあんまり気にしてないと言うとそうかと返事をされた。

「で、何時までいるつもり?」

「そうですね、一応女性の部屋ですしそろそろ帰りますか。」

「一応は余計だよ。」

「その足でお風呂は大丈夫ですか?何でしたら入れて「それ以上言ったら本気で通報するからな!!」

からかうのもいい加減にしてほしい。お風呂は工夫して入ればどうにでもなる。多少滲みるし不便だけど仕方がない。

「ああ、でも入浴後の包帯を巻くのはお手伝いしなくてはね?」

「だから要らないってば。」

「待ってますのでどうぞ入浴してきて下さい?」

「だから…。」

ダメだ。引く気がさらさらないらしい。アキラなりに非を感じているからかその償いなんだろうけど本当にかまわないのに。でもアキラも何かしないと納得いかないんだろう。ここは素直に従っておくか。ああ僕ってこんなに人に従順だっただろうか。流されている気がするのが否めないな。

「分かったよ。でも時間がかかるだろうからアキラも一度帰りなよ。」

「ではそうさせていただきます。」



お風呂の用意をして脱衣所に入ると玄関が閉まる音がした。アキラが出て行った音だ。
ついさっき綺麗に巻かれた包帯を解くのは躊躇われるけどすぐにまた同じようにされると思うと少し気恥ずかしくなった。
浴室に入るとコックを捻った。さすがに今日はシャワーだけにする。なるべく右足にかからないように注意しながら。

今日は疲れた。こんなに人と会話したことあっただろうか。学園に入学してから自分のペースを掴めない。きっと僕以上に我が儘で自己中な人間が多いからだ。僕が振り回されてるだって?冗談じゃない。でもそれを不快に感じてないだなんて、それこそ冗談じゃないよ。鬼眼たちと関わるのはムカつくし惨めだ。でも嫌いじゃない。あいつらを怒鳴る僕は素の僕だからかもしれない。今までは他人を笑うことはあっても怒鳴ることなんてしたこと無かったな。毎日初めて尽くじゃないか。

アキラとまともに会話したのは今日が初めてだと思う。あれだけ嫌って馬が合わないだろうと高をくくっていたけど案外そうでもないのかもしれないと感じた。結構優しかったし、失礼だし勝手だけどどこか僕に合わせてくれてて。ただ単に性格がねじ曲がって捻くりかえってる奴ってわけじゃないみたいだ。



かなり苦労したシャワーだったけど何とか済ますことができた。着替えて半乾きの髪でバスタオルを肩にかけて脱衣所を出る。脱いだ制服は洗濯機へ、スカートはシワにならないよう別の部屋に置いた。
リビングへ入るとそこには部屋着に着替えたアキラがソファーに座ってテレビを見ていた。心なしか髪が湿っているように見える。お風呂に入ってきたんだろう。

「アイス食べる?」

「ではいただきます。」

取りに行こうと冷蔵庫に足を向けると止められた。代わりにソファーに座るよう言われ大人しく腰掛けた。

「スイカかメロン、どちらがいいですか?」

「メロン。」

封が開いている方のアイスの箱は確かスイカバーだ。2種類とも手にして戻ってきたアキラに訪ねられて答えた。昨日はスイカだったから今日はメロン。袋から出して口に含むと火照った体には心地よかった。
ローテーブルの上に置かれた見慣れない箱に目がいく。

「それ、何?」

「私の部屋の救急箱ですよ。時人を待つついでにこちらで自分の手当てをと思ったので。」

「……まだ悪いの?」

「いえ、灯にも診てもらってますしそれほどには。時人が気にすることはないですよ。」

「ふんっ。」

ニコリと微笑まれて目をそらした。アキラが時折見せる笑顔が今日は何だか変だ。いつもの嫌みな笑顔じゃないのが調子を狂わせる。

「では失礼しますよ。」

先にアイスを食べ終えたアキラは救急箱を開けて夕方したように僕の前にしゃがんだ。器用に手当てしていく姿は2回目だ。ついでに手当てされるのは今日3回目。どうして僕の周りはみんな器用なんだろうか。
食べ終えたアイスの棒をアイスの入っていた袋に入れて同じようにしてアキラがそれを捨てたゴミ箱に投げ入れた。

「遊庵もアキラも器用だよね。」

「遊庵?」

「学校で同じようにしてもらったから。」

「ああ…、だから丁寧に包帯が巻かれていたんですね。」

「遠回しに僕じゃ出来ないて言いたいんだろ。」

「言いたいんじゃなく言ってるんですよ。」

確かに綺麗には出来ないけどそこまで言わなくてもいいだろ。
手当てし終わると今度こそ帰ると言ってアキラは立ち上がった。朝にも包帯を変えるかと聞かれて首を振った。寝相はいい方だ。1日1回巻けばそれでいい。

「戸締まりきちんとしてくださいね。」

「分かってるよ。」

「では、おやすみなさい。」

「…おやすみ。」

玄関まで見送ると鍵をかけた。チェーンは外すのが面倒だからかけない。リビングを出るときにテレビも電気も消した。ブレザーもハンガーにかけた。洗面所で歯磨きを済ませて脱衣所で髪を乾かす。濡れたバスタオルを干してから寝室へ。ベッドに入るとすぐに眠気に襲われてそのまま身を委ねた。
今日は疲れた。けれどどこか充実していて満たされているのは何故だろうか。嫌な事があったはずなのに印象が薄いのはきっと勝手過ぎる隣人のせいなんだろう。そういえばおやすみだなんて何年ぶりに言ったんだろう。



101017.





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