「何もないじゃないですか。」

「……。」

アキラの手によって開け放たれた冷蔵庫にはペットボトルと調味料が数種類あるだけで一切の食材が入っていなかった。ガラガラと野菜室を開けた所で同じだ。冷蔵庫の所有者は僕なんだたとえソファーに座って冷蔵庫に背中を向けていたって分かる。

「自炊って言葉知ってますか?」

「…知ってる。」

つまりはそういうことなのだ。自炊なんてしたことはない。春先から始まった一人暮らしも自立と言う名目の割にバイトもせずに悠々と多すぎる仕送りに頼って何不自由無く過ごしている。ご飯はスーパーの惣菜やコンビニ弁当でこと足りる。美味しいかと言われれば素直には答え辛いがまぁ普通だ。夏場になると食欲は激減し食べない日もしばしば。昼食は売店があるし朝は食べない派だ。

「アイス…ですか。」

冷凍庫に常備されているアイスだけは2箱ある。夏は正直それで乗り切った。

「だから開けるなって言ったんだ。」

「……少し待っていなさい。」

アキラはそう言うと玄関へ続くドアからリビングを出た。すぐに引き返してきたと思えば今度はバルコニーへ足を運んだ。ガタンという音が聞こえて部屋は静寂を取り戻した。
アキラは自分の部屋に帰ったんだろう。待っていろと言うことは引き返して来るつもりか。今さっきアキラが出て行った窓の鍵を閉めてやろうかとも思ったが行動には移さなかった。
そういえば、この部屋に人が来たのは初めてだ。叔父さえ一歩も入ったことがないのだ。…訪問されたこともないんだけど。

玄関からガチャガチャという物音が聞こえて振り返った。すぐに玄関が開いて閉まる音がした。トントンとリビングへ近づく足音がする。玄関は鍵を閉めたはずだし合い鍵は一応叔父さんに渡してあるから鍵は玄関の籠に入れたはずだ。ん?まさか、

「お待たせしました。」

「待ってない!それより何勝手に鍵持って行ってるんだよ!!」

「不用心ですね、チェーンくらいしないと。」

「お前に言われたくない!どうせしてても外したクセに!」

なんて奴だ!人様の家の鍵を持ち出すだなんて!本気で警察に突き出してやろうか。当の本人は意に介した素振りも見せずにキッチンの隣にあるテーブルに持ってきた物をビニール袋から取り出している。

「何それ。」

「私の家の食材です。元々あり合わせですが今日はオムライスにしようと思ってましたので。」

「オムライスって、似合わなさすぎだよ。」

少し笑える。イメージとしては和食が強いかな。畳に正座して焼き魚とか。

「時人、手伝ってください。」

「何で僕が?」

「あなたの家でしょう?それに今時自炊もできないだなんて女性としてどうなんですか?手伝いついでに覚えなさい。」

「…足が痛いから嫌だ。」

「抱えて差し上げましょうか?」

「いらない!自分で行く!」

さっきみたいな扱いは嫌だ。心臓が持たないし恥ずかしい。渋々ソファーから腰を上げてアキラの隣へ移動する。テーブルの上に置かれたビニール袋からは冷凍のミックスベジタブルとタマネギ、卵とミンチが出されていてその横にはご飯が少し大きめの器に入っていた。

「冷やご飯で申し訳ないですが今日は我慢してくださいね。」

「いいよ別に。うちもご飯炊けてないし。」

「ご飯は炊けるんですね。あの炊飯器は飾りかと。」

「一々失礼だな!」

ご飯くらい炊ける!今時小学生でも授業で習ってるじゃないか。どこまでも僕をバカにするんだから。

「手伝うと言っても簡単なんですけれど。まな板と包丁はどこですか?まさか無いだなんて「あるに決まってるだろ!!」

少し腰をかがめてキッチンの戸を開けると横からアキラの腕が伸びてきて包丁を取り出した。まな板は台のすぐそばに立てかけてあるからそれを取ってアキラに渡す。

「じゃあタマネギを切って下さい。半分もあれば十分でしょう。ちなみにみじん切りですよ?」

「分かってるよ。」

アキラが持ってきたタマネギに包丁を入れる。アキラは僕の手元をじっと見ている。

「気になるんだけど?」

「切り方は知っているみたいですが不慣れな手つきですねぇ?」

「煩いな!」

「早く切らないと涙が出ますよ?」

結局手伝ったのはそれくらいであとは卵を溶くのと言われた物の場所を教えるだけだった。それも僕の足を気遣ってかなるべくアキラが取り出していた。変に優しいと調子が狂うんだけど。
アキラは慣れた手つきで食材を炒めると味付けをして、僕に溶かせた卵を焼いて器用にケチャップライスを包んで皿に盛り付けた。

「思ったんだけど、チキンライスじゃないんだ。」

「特にこだわりは無いんですがね。具なんて適当ですよ。」

出来上がったオムライスをテーブルに並べて向かい合わせに座った。湯気の出ている料理を自分の部屋で食べるなんて初めてかもしれない。いただきますと手を合わせるとどうぞと正面に座るアキラがクスリと笑った。スプーンで一口頬張ると温かい料理に素直な感想が声に出た。

「…美味しい。」

「それは良かった。」

むしろ不味かったらビックリなんだけれどやっぱりスーパーの惣菜なんか比べ物にならない。
自分にしては早いペースで食べ終えた。終始笑顔で僕を見ていたアキラには気付かないフリをして。



100827.
(ごちそうさまでした。)(お粗末様でした。)



我が家のオムライスはタマネギと牛ミンチとライスだけです。味付けは塩こしょうとケチャップとソース。卵は薄く焼いて乗せるだけ。
地方とか家庭で料理ってかわりますよね。難しい。





11