咄嗟に抱き寄せた華奢な体を軽々と抱き上げた。傷だらけの彼女は驚いて暴れ出したが気にせず部屋に入る。初めてみた角の部屋の造りに驚いた。正直一人暮らしには広すぎる。ソファーとテーブル、テレビだけしかない広いリビング、広いキッチンに加えまだ何部屋かあるらしかった。自分の部屋も広いと感じるがそれ以上だ。ふと見るとバルコニーの広さにため息が出た。開放的な空間の中で一番狭い場所を毎日選んでいたのか。
「お前っ!本気で通報するぞっ!」
「無駄に広い部屋ですね。殺風景でとても女性の部屋とは思えない。」
必要最低限の家具と広さを紛らわすような大きなソファーや観葉植物。女性らしい色合いもなく無彩色にまとめられた部屋はどこか病的な雰囲気を醸し出している。所々に青や緑が差し色になっている分統一感と彼女らしさが出ているがもの寂しさは変わらない。
白いソファーに時人を座らせると電気を付けた。開きっぱなしの窓を閉める。横目に見た棚に救急箱らしいものがあったので取り出す。スタスタと部屋の中を歩きまわるのを時人は声を荒げて騒ぎはしなかった。その代わりにぶつぶつと小言を垂れている。
「くそっ、人の話を聞けよ。何で普通に棚を開けるんだよ。」
「何をぶつぶつ言ってるんですか?少し失礼しますよ。」
時人の正面に正座をして包帯を巻かれた左足を手に取った。包帯を取るとそこは何色なのか例えようのないほどに変色していた。えぐれた部分は止血しているものの見るに耐えない。打撲で腫れ上がっている上にこの状態。思わず顔をしかめてしまう。
「まじまじと見ないでくれる?」
顔を逸らして言う時人は恥ずかしさからか顔が赤い。まぁ声を荒げていた先程から顔はずっと赤いのだけれど。
「思ったより酷かったのでね。…すみません。元は私の責任でしょう。」
手当てをしながら話す。痛手を負わせていたのは私だ。それがハンデとなり更に怪我を負ってしまった。謝ることではないと頭で理解していながらもこの足を見るとそうも言ってはいられない。女性の足には酷すぎる怪我だ。
「そっ、…そんなの謝ることじゃない。アキラに負けたのは僕だ。今回だって油断した僕が悪い。」
未だ赤い顔でそう言う時人にいつもなら嫌みに肯定の言葉を返してやるところだが声にはならなかった。時人が自分の非をすんなりと口にしたことに驚いた。本人も戸惑っているとなるとついて出た本心なのだろう。そうやって、あまり塞ぎ込まなければいいのだけれど。
「…お詫びと言っては何ですが、完治するまで手当てしてあげますよ。あなた、不器用そうですから。」
「えっ!?い、要らないっ!!」
「遠慮しなくても構いませんよ?」
「病院に行けば事足りるし要らないってば!」
「病院より灯に診てもらった方が治りも早いですよ。明日は屋上に灯を呼びましょうか。」
「ちょ、聞けよっ!!」
「ああ、窓の鍵は開けておいてくださいね。端の鍵一つで構いませんから。」
「堂々と何言ってんだよ!?」
「それとも玄関の合い鍵でも作りますか。そうすればいつでも「誰が作るかっ!!」
元の調子に戻ると時人も安心し落ち着いたのかソファーに身を深く委ねた。わざとらしく軽口で提案したことだが本気だ。この怪我が治るまでは時人の傍にいてやりたいと思う。きっと明日からはあの狭いスペースでの独り言を止めるだろうし、そうなれば益々彼女はこの生活感のしない部屋に独り取り残されてしまう。それだけは、見たくない。現実問題見ることはなくてもそうであろう姿を容易に想像できる状況にはしたくないのだ。
「灯の治癒能力って凄いの?」
「まぁ、生まれ持ったものですし私は他の人がそういった能力があるのを見たことはありませんが数日診てもらえばすぐに良くなるとは思いますよ。」
「ふーん。」
「そういえば、狂も同じような事が出来ますが灯曰わく本質が違うらしく別格の能力らしいですね。」
「……へぇ。」
「ですから私ができることはこうして包帯を取り替えてあげるくらいです。」
「…別にしてくれなくていいんだけど。」
「まぁこれさえ出来ないあなたには丁度いいでしょう?」
「ふんっ!余計なお世話だ!」
そうこうしながら包帯を巻き終えた。他の傷はと聞くと渋々見せてくれた。どこも足ほどではなく消毒と絆創膏、包帯で済んだ。
「アキラの手は冷たいな。」
「体質、でしょうかね。」
「ふーん。」
「あなたも、身体能力だけは長けているではないですか。」
「だけってなんだよ!」
「そのままの意味ですよ。」
救急箱を閉じて立ち上がる。元の棚へとそれを戻すとキッチンへと足を運んだ。
「ちょっと!勝手に何しようとしてるのさ!」
「お腹空きませんか?」
「まぁ…ってまさか作る気じゃないだろうな?」
「そのつもりですが。」
「冷蔵庫を開けようとするな!」
制止の声を無視して一人暮らしには大きすぎる立派な冷蔵庫をガチャリと開けた。
101012.