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「ん…」


目を覚ますと隣に愛しい人はすでに居らず、真っ白なシーツも長く外気に晒されていたようで熱は残っていない。よほど自分は疲れていたのだろうか、彼が公務へ向かったことなど全く気がつかなかった。相手もまた気遣って声をかけずにそのまま寝かせておいてくれたのだろう。
部屋自体は広く絢爛な造りだが若干生活感に欠ける空間をきょろきょろと見渡して自分一人だけなことを確認し、ボフンッと音を立てて上等なキングサイズのベッドに再び倒れこむ。するとベッドサイドに置かれた装飾も控えめな椅子が視界に入り。それに掛けられた何かの布を見つけた。仕事や他人に対してはよく気がまわるくせに、自分の身辺のことに関しては必用最低限のことしか頓着しない。だからそれも畳まれず無造作に投げ出されたままで。しかしこんな些細なことでさえ愛しく思え、柔らかい笑みが溢れた。手を伸ばしてみれば、いつも着ている寝衣で。昨夜距離をなくし彼の腕の中で眠りについたことを思い出し、羞恥に駆られるようで思わずぎゅっとそれを握り顔を埋めた。


「…この匂い…」


寝衣にぴったり顔をくっつけた瞬間、すっかり馴染んだ匂いが鼻を擽った。なんだか後ろめたい気にもなったが、とても落ちつく。今朝は見送ることができなかったため寂しかったが、嗅いでいると彼が傍にいてくれているようで。安堵した途端にまた睡魔に襲われ、寝衣を握りしめたまま微睡みに落ちていった。






「ただいま。」


自室の前で足を止めたジャーファルはノックをするのも足早に扉を開けて帰りを告げた。以前なら無言のまま何をするでもなく床につくか仕事の続きをするかという淡白なものだったが、今では「ただいま」と律儀に挨拶する自分がいて。慣れたものだなと一人苦笑した。ところが、いつもならすぐさま「おかえりなさい!」と主人の帰宅を待っていた犬のように笑顔で飛び出てくる人物のそうした気配はなく、声すら聞こえない。すでに夜も更けているし、今日はシャルルカンが外勤だったから修行は休みで、特に用事はなかったはずだ。だから今朝は寝かせておいてあげようと、愛らしい寝顔を堪能するだけに止めてこそこそ部屋を出たのに。


「…ん?寝て…る?」


思考を回らせていると一つの考えに至り、慌ててベッドのほうへ近づく。


「…一度も起きなかったんですかね。」


案の定穏やかな寝息が聞こえ、覗いてみると布団に埋もれている細身が見えた。だが、見えるのは涼しそうな寝衣に包まれた身体だけで顔は見えない。


(何を握っているんだ?)


頭をすっぽりとくるむようにして押してつけている布に気がつき起こさぬようにそっと取ろうとするが、頭とベッドに挟まれているからなかなか引き抜けない。


「ん?…これは、もしかして…」


ジャーファルが何かを思い呟くと、さすがにベッドを占拠していた本人も寝ぼけた目を覚まし。


「ジャーファル…さん…?」

「ええ。おはよう、アリババくん。といっても、もう夜ですけどね。」

「えっ?」


驚いた風に目を見開きバッと跳ね起きた。壁に掛けられた時計を捉え確認すると、ほんとだ…とため息をつき。


「食事も摂らずにずっと寝てたんですか?」

「いえ、一度は起きたんですけど、また寝ちゃって…」


少し呆れたように問いかけると、あははと頭を掻きながら弁解が返ってきた。怒る気など毛頭ないから良いが、さっきから気になっていることがあるジャーファルはもう一つ問い。


「…それって、もしかしなくとも私の寝間着ですか?」


聞くや否や、最初こそぽかんとしていたが見る間に顔を真っ赤にし、しまったという様子でパクパクと動かすだけの口に手を持っていくアリババの反応は可笑しく。思わずふき出しそうになったジャーファルはぎりぎり堪える。


「ち、違っ…いや、違くないんですけど…!」


手を忙しなく動かすアリババの言葉はいまいち伝わってこず。困ったように笑んで首を傾げるジャーファルを見て漸く観念して。


「…怒らないでくださいね…?」

「うん、怒らないよ?」


優しく諭すと、アリババはきゅっと目を瞑り。


「あ、安心したんです。」

「…え?」

「ジャーファルさんの匂いがして…その、ぎゅってしてもらってるようで安心したから、そのまま寝ちゃって…」

「……」


途切れながらも言葉を紡ぐ俯き気味の頬は赤く。


「変、ですよね…」


そう言って紛らすように笑うと、温かい腕に抱きすくめられた。


「いいえ、むしろ嬉しいです。」

「ジャーファルさん…!」


ぱあっと顔を明るくしたアリババにジャーファルも目尻を下げ。


「それから、すごく可愛い。」


髪の色と同じその虹彩を覗きこむようにして言葉を溢し、ちゅっとキスを落としてやる。驚いたアリババは反射的に目を閉じて。


「誘ってるんですか?」

「え…?」

「ふふ、何でもありません。…お昼寝も充分にしたようですし、今夜はたっぷり愛してあげますね。」


そう言って意地悪く微笑んだジャーファルは、緊張した身体ごとベッドへ押し倒した。



微睡む



(ジャーファルさんのいじわる…!)

(可愛いことをする君が悪いんですよ。)

(…バカ。)

(ええ、知ってます。)




20121223.


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