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「ねえ…これ、あげる。」


呼び止められたと思うと唐突に差し出されたものは小さいながらもサテン生地のリボンや花で綺麗にラッピングしてあった。素っ気なく添えられた言葉とは裏腹に、持つ両手は微かに震えていて。それに小さく笑みを零してから漸くその人物へ視線を移すと、照れたような頬と些か不安げな目がこちらを見上げている。


「いきなりどうしたんだ、ユナン?」


日頃のお返しとばかりに余裕の見える口元で聞いてみせる。すると形の良い眉が険しくなり、いつもの憂いの帯びた穏やかな瞳が色を変えて鋭い視線を向けてきた。受け取ってもらえないもどかしさからプレゼントと思しきそれは手の添えられたところが皺をつくる。可愛らしい反応をしてくれる相手が幾年も年上だということを信じられない気持ちで、シンドバッドは自分のとは違う色素の薄い髪を梳くようにして撫でた。


「なんなの…?」

「何が。」

「今こうして撫でてることだよ。あと、これだって何なのか気付いてるんでしょう?」

「んー、俺への贈り物だってことは分かるが何故なのかは知らん。撫でてるのはいい年したおっさんが可愛いからだ。」


訝しげに見上げるも素直に撫でられていたユナンだったが、今度は珍しく絶句し、更に眉根を険しくさせて真っ赤な頬は隠しきれない羞恥とくすぐったさを見せた。シンドバッドは相変わらず笑みを絶やさずとぼけた態度でいる。本当はこうした状況をジャーファルや他の側近を介してだが毎年何度も経験している。しかし相手は決まって女性からで、礼は言うもののはっきりした返事はせず、ある理由から全て有耶無耶にしてきただけで、この贈り物に込められた意味は知っている。知っているが、わざと無知の素振りを見せていた。


「…何回か前の身体が女性だったからその記憶で知ったんだけど、今日って特別な日なんだってさ。」


シンドバッドが顔を覗き込むとパッと視線を外し拗ねと戸惑いを滲ませた声音で告げる。対して「ふーん?」と甘く低く響く相づちを打つシンドバッドは腕を組んでユナンを見下ろす。すっかり下げられた腕はまだ包みを抱えていて、指先は話の気恥ずかしさを紛らわすように動いていて忙しない。


「それで、その…チョコレートを贈る風習があるらしくて、シンドバッドにもあげようかなって…一応僕の選んだ王だし…」

「そりゃどうも。でも、それって誰彼構わないで渡して良いのか?だったら俺は一国の王として日頃の働きをを労うためにも多くの家臣たちに贈らないとなぁ…」

「えっ…?」

「そういえば毎年女性から数え切れないほどチョコレートをプレゼントされていたな…。アレはそういうことだったのか。」


一人で納得したように喋りきった後にこっと笑みを向けると、おろおろとしていたユナンはたちまちに表情を崩した。と同時に胸倉に包みを持たない片手をかけられ下から非難の色を視線で訴えられたシンドバッドは、僅かに口角を引きつらせたがしっかりその視線を受け止めて。


「……チョコレートを贈るのは大切な、…恋人とか好きな人にだけだよ。いい加減、僕の気持ちに気づいたよね…?」

「じゃあ、ユナンは俺のことを好きで好きで仕方ないからプレゼントを用意してくれたわけだな?」

「そこまで言ってないでしょ。」

「おかしいな、俺はそう受け取ったんだが?」


まあ、そうかもね…と冗談にも素直に返す相手にシンドバッドはいつもとは違う愛おしむような笑みを見せた。それに安心したのか、ユナンも小さく照れ笑いを浮かべる。


「で?そのチョコはいつくれるんだ?」

「あ…」


機嫌を治したのも束の間、またも不満な表情になったユナンを不思議そうに見つめたシンドバッドだったが、さっきの会話を思い出して続けてあっ!と大きな声をあげた。


「もしかして、妬いてるのか?」

「妬いてる?…そうだね、妬いてるんだと思うよ。何しろシンドバッドは人気がある上に満更でもないようだしね…!」

「まあ人気があることは否定しないが、一つお前は誤解してるぞ。」

「…何を…?」

「毎年たくさんのチョコを贈られていることは確かだ。だが受け取ってはいない。」

「なぜ…?」


てっきりたくさんの贈り物に喜んでいるものだと思い込んでいたユナンは目を丸くしたが、シンドバッドの武骨な腕に抱きすくめられて更に動揺した。真相を確認しようと顔を合わせようとする前に顎を捕えられ上を向かされて、たじろぐ間もなく唇を塞がれる。


「んっ……っは…シン、んぅ…ぁ…っ」


角度を変えながら何度も深く口づけられ、酸素を求めればその吐息も絡め取るかのようにぬるりと舌が割って入ってくる。最初こそ引っ込めていた自分のものもおずおずと差し出し絡めると、ぢゅうっと強く吸われてびくりと肩が跳ねた。濡れたアイスブルーの虹彩にゆっくりと瞼を下ろすと、弛んだ左手からチョコレートの入った包みが滑り落ちた。あ、と二人して音のしたほうを見ると、若干崩れたラッピングが転がっている。シンドバッドは細い腰に這わせていた手を止めて、ユナンが拾うよりも速く身体を折ってそれを取った。


「あー、少し崩れちまったな。」

「ごめん、落としちゃって…中身は大丈夫かな…」

「これくらいなら無事だろう。そうじゃなくてもユナンからのプレゼントだからな、全部食べるさ。」

「ふふ…嬉しいね。ありがとう、シンドバッド…」


ユナンが肩に両手をついて踵を浮かせると、シンドバッドの頬に小さなリップ音が鳴った。ここにしても良んだぞと自分の口を指差すが、調子に乗らないでよとすかさず脇腹を小突かれて。


「あ…ねえ、他の人から貰っていないのはどうしてなの?」

「ああ、まだ言ってなかったか。」

「っ…言う前に、キスしてきたんじゃない…」

「キスくらいどうってことないだろう。歳食ってる割に初々しいな。」

「僕の身体では、初めてだし…こういう事を好きな人とするのはいつでも緊張するものだよ…」


目元に落ちた髪を鮮やかに染まった耳に掛けてやる。その時の微かに掠めた指にもユナンは睫毛を震わして、いとも容易くシンドバッドを煽る。開いた鎖骨に噛みつきたい衝動に駆られるが、そうでもしてしまえば抑えられなくなる。もどかしくなった指が滑らかな首筋を撫ぜ、深く息を吐いてから口を開いた。


「俺はずっとユナンから貰いたかったんだよ。だから誰からも受け取らなかった。これで俺の気持ちも伝わったか?」


言いつつ顔を覗き込むと、返事の代わりに顔を染めたままのユナンはこくこくと頷く。
遠くからジャーファルの怒声が聴こえて政務の途中で脱け出してきたことを思い出した。まずい、と呟いたシンドバッドはユナンの膝裏に腕をやり、横抱きにして自室へ急ぐ。呆気にとられたユナンに視線を合わせると、未だ熱を持て余す耳元で囁いて。


Je t'aime à croquer


「これじゃ味見も出来ない、部屋に籠るぞ。」

「チョコレート食べるだけでしょう?後でても良いじゃない…」

「お前を食べるのが先だ。」

「な、に言ってるの…!?」

「いただきます。」




20140214.


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