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大袈裟なほどの溜め息が雲一つなく澄んだ青に溶けていく。


「つまんねぇなぁ…」


煌帝国の神官を務めるジュダルだが、たびたび脱け出して他国まで散歩や観光に興じている。今日も目を盗んできたらしく、飛行魔法は疲れるからと魔法の絨毯を飛ばしてシンドリアの上空まで来ていた。近頃、紅炎は総督という役で宮中を空けているし紅明もそれに付随して日夜忙しくしているのをよく見かける。紅覇には毎日のように絡まれるが、べったりされるのは性分ではないからパス。からかいがいのある紅玉、白龍も揃ってシンドリアに滞在中。


「やることねぇし…」


神官といっても物心もつかないうちに担ぎ上げられて就いただけ。仕事も組織の誰かが上手く回してくれる。座していれば勝手に動いていく。居ても居なくとも変わりはしないから、散歩をして暇を潰すのだ。とは言ってもエウメラ鯛など海産物を目的にバルバッドへは何度も通ったし、他国は干渉すれば面倒なことになりそうだから行く気もない。消去法でいくとこのシンドリアしかないのである。


「シンドリアっつったらパパゴラス?あー、パパゴレッヤもうめぇよなー。帰りにアバレヤリイカの燻製でも土産に買ってくか。」


浮遊する絨毯に寝そべりながら独り言のようにシンドリア名物を列挙していく。食べ物ばかりを思い浮かべては涎が出そうになるが、そろそろ地上に降りて市場でも散策しようと高度を下げる。そこで初めて気づいたのだが、いつの間にか市場の中心もとっくに通り抜けて王宮近くまで来てしまっていたらしい。食べ物に埋もれてシンドバッドの顔も浮かんだが、バルバッドでの一件以来興が醒めて会う気もすっかり失せてしまった。ぼんやりと宮殿を眺めていると廊下の大きな柱の影にもう一つ小さな影があるのを見つけた。


「あ?たしか…えーっとぉ…?」


首を捻ってうんうん唸った末にフワァッとある名前が出てくる。それと同時に相手を呼んでも反応は返ってこないだろうことが予測できた。


「…おいおい、こんなとこで寝てたら危ねぇんじゃねーの?アリババクン。」


呼びかけられた当人からは案の定反応はなく。髪色と同じ睫毛に縁取られた大きな瞳は閉じられ、暖かな風に揺られながらすぅすぅと穏やかな寝息をたてている。興味本意にジュダルがその頬をつついてみれば寝返りをうつように微かに身動いでみせる。その柔らかい頬が作り出す輪郭に一つしか年が変わらないことを疑う。


「うぅ…ん…」


今度は目にかかった前髪が邪魔だったようで、また小さく唸る。それを見たジュダルは瞬きをした後ぷっと吹き出した。


「あのチビのマギに選ばれたんだろ?こんな無防備じゃ心臓いくつ持ってても足りねぇぞ。なぁ、王サマよぉ。」


もう一度人差し指で頬をつつけば眉間に皺が寄った。なぜ王候補に選んだのか「チビ」もといアラジンを疑問に思うが、たしかに面白いヤツだとはジュダルも受け止めてはいるようで、興味がないわけではない。


「暢気だよなぁ…」


そう溢しながら意識など関係なしにゆっくりと顔を近づけキスを落とす。ジュダル自身もなぜ口付けたのか分からなかったが、やってしまったことはしょうがないと心の中で強引ともいえる納得をしてもう一度ふにふにの唇に触れた。本当はこじ開けて舌でも入れたかったが、それは起きてる時のがいいやと覆い被さっていた身を離す。


「…俺みたいなヤツに襲われちまうぞー、アリババクン。」


にっと口を歪ませてからオマケとばかりにアリババの唇をぺろりと舐める。


「じゃあな、今度は遊ぼうぜー。」


その縁を一蹴りしてピューッと一気に上空へ飛び上がったジュダルは勢いのまま絨毯を広げ、市場で降りることもなくご機嫌のまま海の方に消えて行ってしまった。



ちょっと まで




「……俺のこと言えないだろ……なんでキ、キスなんか…起きるに起きれねぇよ……」




20130311.


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