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※前回の学パロとは何も繋がっていません。




「……」


クラスの、というか学校中の男たちがそわそわしている。例に漏れず、俺も。今日は年に一度の愛を伝える日。意外にも欧米ではこれほど騒がれないらしいと夕べニュースで取り上げられていたが、我々日本男児にとっては貴重な一日なわけで。
今日に至るまで、自慢だが毎年予備の紙袋が必要なくらいにチョコやらクッキーは貰ってきた。可愛く包まれたそれらはどれも甘ったるく、こういった方面に疎い俺でも気合いの入れようから本命ということは容易に受け取れた。器用だなと感服する一方で、少々鬱陶しくも思っていた。もちろん自分のためと気持ちの込められたものを贈られるというのは有難いし感謝している。しかしどの品も悉く俺の眼中にはないのだ。ただ一人、あの方からの気持ちを貰いたい…。






「おっ、いたいた…白龍!」

「おはようございます、アリババ先輩。」


今朝の登校中のこと。気づいてこちらが緩んだ笑みを向ければ応えるようににこにこと片手を振って近づいてきた彼もまた鈍感で。俺はこの方からのチョコを待っているわけで。
一学年違いで剣道部の先輩と後輩。この高校に入学してすぐ、仮入部の時に一目惚れ。初恋がまさかの同性ということに戸惑いはしたが、ピョンと跳ねさせた特徴のある繊細なイエローゴールドとそれに劣らない眩しい笑顔に胸を射抜かれた。駆け引きとかそんな間怠るっこい戦法なんて持ち合わせていないし、第一相手が相手なだけに気づいてもらえなさそうだったから、当たって砕けろという豆腐メンタルを自覚している自分にしては誉められる行動を試みた。すると予想もしていなかった返事があっさりと返ってきて、むしろ心臓に悪いなと思いながらもアリババ先輩と付き合うことになった。
それから半年以上が経ち今に至るのだが。


「先輩。」

「んー?」

「今日が何の日か、知ってますか?」

「んー…何かあったっけ?あ、今日昼休みミーティングだっけ?」

「いや…色々と違いますけど。活動予定については部長なんですから把握しておいてください。」

「わりぃわりぃ。」


ぴったりくっついて横に並び、他の生徒からは見えないよう控え目に指を絡ませる。それが嬉しいらしい先輩も気を良くしてキュッと細い指を絡ませ無邪気な笑みを満面に浮かべる。すっかりバレンタインデーという行事が脳内から抜けてしまっているようだ。まあ、これは範疇ではあるが、さすがにこう…溜め息をつきたくなる。しかも話はすでに展開していて再来週ある部活の団体戦の話というかミーティングと化している。ここ一週間落ち着かず今もうっすらと残っている自分の中の期待が馬鹿馬鹿しく思えてきた頃校門の前に着き、少し項垂れ気味で俺は上機嫌な先輩と下駄箱で別れた。






朝から机の中にプレゼントは入れられているわ休み時間は廊下や屋上に呼び出され一方的に告白されるわでへとへとになり、授業中はぼんやりと先輩のことばかり思い浮かべ時々要らぬ妄想もしながらのらりくらりと過ごしていたらいつの間にか放課後になっていた。今日はコーチが急用で来られないから部活は休みだという内容の一斉送信のメールがアリババ先輩からきた。そのすぐ後には今日は早く帰れるから遠回りして帰ろうと俺だけに向けたメールがきて思わず口の端がひくひくした。


「遅かったな、白龍。」

「すみません、引き留められていたのでなかなか帰れなくて…」

「お前モテそうだもんな。その袋の中全部チョコ?」

「まあ…そうですね。」


いいなー、と羨ましがった先輩だが閉まらない様子の膨れた鞄からは俺の貰ったそれと同じような包みがいくつか覗いている。女顔を除けば目鼻立ちは整っているし性格も申し分ない、運動も並み以上だと思えば勉強も器用にこなす先輩は鈍感なだけで結構モテている。端から見ていれば一目瞭然だ。女子は勿論だがこの可愛さにやられて他の男も寄ってこないかと日々心配ではあるがそれは一先ず置いておく。
…というか先輩、「チョコ」って言った…?


「…先輩、今日が何の日か知ってますよね。」

「朝のやつ?もしかしてバレンタインってことだったの?」

「はい。それしかありませんし。」

「なーんだ、難しく考えちまったよ。お前のことだからバレンタインなんて浮かれてるとか言われると思ったからさー。」

「おっ、俺、先輩の中でどういうイメージなんですか!」

「堅物なイメージ?」

「なんですかそれ……俺だってチョコ貰いたいですよ、結構前からそわそわしてました。」

「まじ?でもたくさんチョコ貰えたじゃん。良かったな。」

「……」


そういう意味じゃなくて…!ああ、この方はどうしてこんなにも鈍いというか変なところで察しが悪いんだ。…自分のことを棚に上げるつもりはないが。とにかく貴方からのものじゃなきゃいくらチョコがあったって意味がないんですよ。チョコじゃなくとも、なんというか、その…いつもより恋人っぽく過ごしたり、キスから先の行為もごにょごにょ…。


「おい、白龍。心の声?思いっきり表に出て聞こえてんだけど。」

「へっ!? 俺、声に出してました?」

「うん…」


なんだと…恥ずかしい。ものすごく恥ずかしい。邪なことも考えていたがそれも聞かれたのだろうか。先輩の顔赤いし聞かれたんだな。耳まで真っ赤にして、可愛らしい。


「…聞かれてしまったなら、はっきり言いますね。」

「お、おう。」

「俺は貴方からチョコをいただきたい。半年以上付き合っているのにキスもさほどしたことがないし、それ以上のこともしたいです。アリババ先輩をいじめたいしなかせたい。」

「ん?途中からおかしくない?」

「俺、本気です。」

「え、怖い…」

「先輩はどうですか?」

「俺?」


ずっと溜め込んでいた個人的な欲望を一息に捲し立て吐き出した俺の問いに向き合っている彼はあーとかうーとか唸って何かに迷っている。俺たちを見て不思議そうに通りすぎる生徒もちらほらいた気がするが、今更どうでも良い。


「…あのさぁ、俺もずっと迷ってたんだけど、お前が期待してくれてたこと知れて嬉しいし…だからこれ、俺からの返事っつーか気持ちな。」


そう言ってがさごそと漁った鞄から出てきた一箱を手渡された。え?気持ち?この箱まさか、チョコですか?俺にですか?……え?


「えっと…」

「あ、中身はチョコなんだけど、お菓子作ったことないから市販のものにしちまったんだ。プレゼント用ですかー?とか店員に聞かれてすげー恥ずかしかったんだぜ?」


照れ隠しにへらへらと笑う先輩に胸が震える。俺のために、そこまで…!欲をいえば手作りを食べてみたかったなー先輩を食べたいなーなんて一瞬贅沢かつ茶目っ気のある思考がよぎったが先輩のいじらしさを知れた今そんな欲は吹っ飛んだ。


「俺、大切に味わって食べます!」

「いや、そこまでしなくても…。俺も来年までにチョコかクッキー作れるよう練習しとくよ。」

「たっ、楽しみにしてます!」

「すっげー美味しいの作るから、期待しとけよ?」


にっと悪戯そうに上目使いをしてから木の陰に隠れるかたちでちゅっと俺の頬にふにふにの唇を押し付けてきた。出来れば唇にしていただきたかったが、幸せそうに染まった頬と俺の大好きなその笑顔を見たら満足してしまった。



Happy Valentine



来年の今日もそれまでも、どんなチョコよりも甘く蕩けた一年を過ごしてやろう。


「ね、アリババ先輩。」

「ん?うん…?」




20130214.


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