「あ、不動」

突如響いた声に驚いて慌てて辺りを見回す。
それなのに幾ら首を巡らせても、聞き慣れたその声の主が見当たらない。
少しだけ困惑していると、こっちだ、と下の方から声がした。
そちらをゆっくりと見下ろせば、自分を見上げる橙色の瞳と目が合った。

「…お前、何してんの?」

いつもは日本代表の面々で溢れ返っているグラウンド。
だが、今はどこか淋しさすら感じさせる程、閑散としていた。
ただ一人、緩やかな斜面になった芝生に寝転ぶ佐久間を除いては。

「一人で特訓してたら、疲れた」

だから、寝転んでる。
と、佐久間は笑いながら続けた。
理由として十分なような、そうでもないようなその答えに、素っ気なく返事をすれば佐久間は真っすぐに俺を見た。

「不動こそ、何してるんだ?」
「…散歩」

寝転んだままの佐久間の隣に腰を下ろしながら、思わずそう口にした。
そうすれば、佐久間は僅かに眉を下げ、どこか残念そうな表情を見せた。
思わず飲んだ息を隠す為に、軽い咳ばらいを一つ。

「んだよ、その顔」
「いや?ただ、俺を探しに来てくれたのかと思っただけ」

その言葉に、俺は声を裏返らせた。
急いで平静を取り戻し、佐久間を睨みつければ、悪戯好きの子供のような、そんな笑顔を俺に向けていた。
それを見た俺は心の中で白旗を上げた。
つまるところ、図星だ。
宿舎の中を探し回っても、佐久間の姿だけが見えなかったことが気になった為に、俺は今ここにいる。

「お前さあ、性格悪いって言われねえ?」
「さあ?どうだろうな」

曖昧な返答に舌打ちをすれば、佐久間は愉快そうに声を上げて笑った。
その姿を見て、相変わらず自分は佐久間のペースに流されている、と心底思った。
佐久間と一緒にいて、調子が狂うのは初めて会ったあの日から、何も変わっちゃいない。

「なあ、不動」

その声に佐久間を振り返り、見下ろした。
佐久間は、俺の肩を指差しながら、尚も続けた。

「肩、貸して。背中、チクチクする」

そりゃそうだろ、と口には出さずにツッコミを入れ、俺は暫しの間、自分の肩を見つめた。
そして、起き上がった佐久間に再び視線を移すと、顎で了解を示した。
しかし、佐久間は肩に寄り掛かるどころか、くすくすと笑いはじめた。
剣呑な視線を向けると、ひとしきり笑ったのか佐久間は、ごめんごめん、と呟き、そして微笑んだ。

「いや、不動、優しくなったなあと思って」
「あ?前から優しいだろうが」

そう言えば佐久間は眉を下げて笑いながら、そうかもしれないな、と目を閉じた。
そうしてそのまま頭を俺の肩に乗せ、一つ息を吐いた。
体を上下させる以外の身動きを全くしなくなった佐久間が本当に寝てしまったのかどうかなんて、俺からは確認することができなかった。
ただ、その代わりのように、俺は肩の上の重みと伝わる体温を感じながら、その小さな頭をゆっくりと撫でた。




(それは勿論、自覚済み)



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