これの続きのようなもの
前回の設定+フリーター不動










「なに、お前、また髪伸ばしてんの?」

ぱちん、と軽快な音が響いた。
佐久間がその方へ目を遣れば、呆れたような表情を浮かべる不動の顔があった。
そしてその手には、鮮やかな色とりどりの花。

「ああ、落ち着かなくて」
「なんだそれ?あの長さでかれこれ2年は過ごしてたじゃねえか」

慣れるだろ、と付け加えながら不動は再び、その手に持った花から、ぱちんという音を響かせた。
佐久間が髪をまた伸ばすと決めて、一ヶ月が経った。
うなじの後ろで揺れる髪は、ようやく肩を越し、このままいけば中学時代の長さに戻る。
その髪を一撫でした後、佐久間は顔を上げ頬杖をつくと不動を一瞥した。

「花屋、大変か?」
「あ?んなもん、お前らに比べたら楽だろ」
「いや…そういう意味じゃなくて、」

不動は、高校を出てから様々な職を転々としていた。
一定の職に留まらない不動の姿勢を、彼らしいとは思いつつも、佐久間も鬼道も少なからず心配をしていた。
しかし、今就いている職は花屋のようで、それを知った鬼道がよく花を注文をするようになった。
その度にわざわざ此処までやって来て、今のように花を生けたりしている。

「今回は長いな。花屋の仕事」
「まあな。なんつーか、性に合ってるみたいでよ」

その不動の言葉に、佐久間は目を見張った。
不動自身が性に合ってると思える職が見つかったという事に良かったと思いつつ、それと同時に、どこか納得してもいた。
手際よく花の茎を切り、色彩豊かなそれらを比較的大きな花瓶に生けていく、そんな不動の手元を佐久間はぼんやりと見つめていた。

「おい、終わったぜ」
「え、」

我に返れば、鮮やかに彩られた花瓶を抱えた不動が目の前に立っていた。
鼻孔を掠めるむせ返るような甘い香りに包まれ、佐久間は僅かに肩の力を抜いた。
そうして、不動から花瓶を受け取る為に、座っていた椅子から腰を浮かせる。
しかし、それを見た不動に押し戻されてしまった。
疑問の色を宿した瞳が、不動を見上げる。

「ふど、」
「どこ置きゃいいのか言うだけでいい」
「え…でも、」

瞬間、不動は大きくため息をついた。
佐久間を無言で見下ろしてくる瞳は、早く言えと言っているようだった。
気迫に気圧されて、一つ息を飲み、佐久間は口を開こうとした。

「そこの棚に置いといてくれ」

突如響いた第三者の声に、二人は驚いてその方を見遣った。
そこには書類を片手に室内に入ってきた鬼道の姿があった。
そのまま佐久間の隣にあった机にまで辿り着くと、黒い革製の椅子に腰を落ち着けた。
一方、鬼道に指示された通りに花瓶を置いた不動は、二人を振り返り大きな歩幅で近づいてきた。

「いつもすまないな」
「なんだよ、いきなり」

不動が自分達の元に来るや否や、鬼道はそう告げた。
苦い顔をしながらひらひらと手を振る不動に、鬼道は口端を吊り上げながら書類に視線を落とした。
そこで漸く我に返った佐久間は、慌てて鬼道を振り返った。

「あ、い、今コーヒー淹れてきま、」
「いや、気にしなくていいぞ。後で自分でやる」

その言葉に、佐久間は再び浮かせていた腰を下ろす羽目になった。
なぜ、揃いも揃ってそんなことを言うのだ、と妙に寂しくなった。
そんな佐久間の心情を読んだように、鬼道の手が佐久間の頭の上に乗せられた。
ゆるゆると顔を上げると、優しく目を細めて笑う鬼道の姿。
それに佐久間が言葉を紡ごうとした、その時。

「お前、足怪我してんだろ」

佐久間の机に寄り掛かりながら、不動がそう言い放った。
驚いて不動を振り返れば、今度は横から声が響く。

「大方、ボディーガードの仕事の時にでも痛めたのだろう?」

忙しなく二人を交互に見遣りながら、同じ仕事をしている源田しか知らない事実を言い当てられた事に、佐久間は疑問ばかりを募らせていた。
そうすれば、鬼道とは違う別の手が己の頭に乗せられた。

「何年つるんでると思ってんだよ。分かるに決まってんだろ」
「佐久間はそういう事を誰にも言わずに、無理をする奴だって事もな」

その二人の言葉に、呆気に取られていた佐久間は思わず顔を覆った。
嬉しい、けれど恥ずかしい。
二人が自分の事を、理解してくれていたのだというその事が。

「…ありが、とう」

囁くように呟かれたそれは、しっかり二人に聞こえていたようで、二人同時に抱きしめられた。
あまりにも唐突だったその行為に、佐久間はただただ固まっていた。

「ふ、二人とも、どうし、」

困惑している佐久間の背後で、二人は顔を見合わせると苦笑した。
何も言わずとも、不動と鬼道の内心は同じものであった。
鈍感すぎるのも考え物だ、と。
当の本人の佐久間は結局、その行為の意味も、二人の想いにも気づかぬまま、相も変わらず困惑しているだけであった。
体に回された四本の腕が、力を増した。
二人の体温が同時に伝わり、佐久間の全身を駆け巡る。
鼓動が早鐘を打ち始める音を、佐久間はただ、耳の奥で聞いていた。





(それもまた良いけれど、)



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