「夢の中に想い人が出てくるのは、お互いが想い合っているから、らしいぞ」
「なんだそれ」

読んでいた本から目を離し、横で同じように本を読んでいた佐久間を見遣った。
佐久間は身動ぐこともせずに、本から視線を外しはしない。
そんな佐久間を思わず半眼になりながら見つめた。
なんとまあ根拠の無い話なんだろうか。
その理屈でいけば、一つの夢に何十人もの人が出てきた場合、自分は何十人という人間を想っている、ということになる。
こんな下らない話にロマンチックなどという気色の悪いものを求めてなどいないが、流石にそれはどうなんだと素直に思った。

「お前さあ、そんなもん信じてんの?バカ?」
「バカ言うな。信じてなんかない、そんな迷信」

俯く佐久間の髪がサラリと揺れる。
それを視界に捉えながら盛大に溜め息を吐いた。
佐久間は時に、理解し得ない事を口走る。
その度に頭を悩ませていたのだが、今では自分も慣れたもので、ああまたかと流せるようになった。
しかし、何故だかこの話題だけは違った。
流してはいけない、そんな気がしたのだ。

「…、夢を、見たんだ」
「夢?」

ああ、と佐久間が頷く。
その拍子に前髪が佐久間の表情を隠してしまった。
こちらからは完全に佐久間の表情を伺う事が出来なくなった。
それに気づいているのかいないのかわかりはしないが、佐久間はそのまま続けた。

「お前が、この世界からいなくなってしまう夢」

途端、息が詰まった。
そんな俺をお構いなしに佐久間はつらつらと言葉を放つ。
呆然としている筈なのに、佐久間の声は脳に焼き付いて離れない。

「夢の中の俺は、不動がいなくなっていい気味だって笑ってた。それなのに、目が覚めて現実に戻ってきた俺は、ぐしゃぐしゃに泣いてたんだ。一生分の涙を流したんじゃないかってくらいに。…なあ、不動、」

俺の本心は、どっちだと思う?
そこでようやく佐久間がこちらを振り返った。
確かによく見ればその瞼は腫れあがっていて、泣いたことが一目瞭然だ。
そんな瞼をしながらもへらりと笑う佐久間が、どうしてだか愛しかった。
聞かされた夢は、あまりにも酷なものだというのに、嫌気だとか悲愴だとか、そんな感情は微塵も湧いてこなかった。
正しいといえば正しいのだ、きっと。
俺も佐久間も、夢も現実も、どれも全部。

「お前は、どっちだと思うんだよ」

そう問えばゆっくりと首を傾げ、佐久間は微笑んだ。
再び佐久間の髪が揺れる。
光を反射してキラキラと輝きながら。

「俺はそう簡単には死なねえよ」
「…ああ」
「ま、そんな夢をよりにもよってお前に見られたのは不本意だけど、」

そこまで言って、俺は口を閉じた。
皆まで言わずとも、佐久間はきっと汲み取る筈だ。
そのことはもう一番始めに、佐久間自身から告げられていたのだから。
真っすぐに佐久間を見つめれば、佐久間は困ったように笑った。
そんな佐久間に手を伸ばし前髪をかき上げる。
そしてその閉じられた震える瞼に、確かめるような口づけを落とした。





(夢の中でもあなたに逢いたい)




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