終わりも近い夏の陽射しが窓から容赦なく照り付けている。
薄めのカーテンで遮ってはいるが、あまり意味を成さないし、正直クーラーも好きではない。
とにかく暑さを凌ぎたくて、苦し紛れに窓を開いた。
夏は嫌いではないが、風があまり吹かないのは難点だ、と俺は思う。
回り続ける扇風機の音だけが響いていた室内に、突如として違う音が混ざった。
それに耳を澄ませれば、子供のはしゃぎ声と太鼓の音が届いてきた。
そういえば今日は近くで夏祭りがあったな、と思い当たる。
その音色に耳を傾けている内に、気がつけば携帯を手にしていた。
アドレス帳を開き、目当ての名前を見つけると、ボタンを押した。




「なあ!なあ風丸!あれ何!?」
「あれは林檎飴…って、それも知らないのか?」

目の前でこれでもかという程にはしゃぐ佐久間にそう言うと、むっとしたように頬を膨らませた。
失言だったかなと思い直し、佐久間の頭に手を置いて撫でながら謝るも、相変わらず佐久間は拗ねたままだ。

「…食べてみるか?」

次の瞬間、佐久間の顔が輝いた。
普段は絶対に見られない子供っぽい姿に、思わず笑みが零れる。
すぐに林檎飴を一つ頼んで佐久間に手渡せば、興味深そうに眺め、それから怖ず怖ずと口に運んだ。
元から甘いものが好きな佐久間が林檎飴を気に入らない筈もなく。
美味しそうに頬張る様子を見て、俺は再び頬を緩めた。

「…楽しいか?」
「ああ!誘ってくれてありがとう、風丸」

満面の笑みを見せて頷いた佐久間に、誘って良かったな、と心底思った。
祭囃子を耳にしたあの時、そういえば佐久間が祭に行った事がないと話していたのを思い出したのだ。
よく話は聞くけれど、実際に行った事はないのだ、と。
それを聞いた時は本当に驚いたし、同時に納得もした。
何か機会があれば誘おうと決めていたので、本当に良かった。

「あ、」

あらゆる屋台を回り林檎飴も食べ終え、溢れ返る人込みの中を引き返し、漸く出口に差し掛かった頃。
唐突に佐久間が立ち止まり声を上げた。
それに気づき、俺も進めていた足を止め、佐久間を振り返る。
佐久間はとある屋台を見つめ、あれ、とそこにある物を指差した。

「確か、ラムネ…だっけ?」
「え?…ああ、本当だ。懐かしいな」

我知らずその屋台に近づいて、ラムネの浮かぶ大きな箱を覗き込んだ。
浸された水に浮かぶ透明の瓶は箱から取り出される度に、涼やかな音を響かせる。
懐かしさに駆られ、俺はそれを二つ頼んで一方を佐久間に持たせた。
それを手にした佐久間は、先程の林檎飴同様、興味津々にラムネ瓶を見ていた。
そんな佐久間の目の前で、瓶内にある詮代わりのビー玉を玉押しで力を込めて押す。
そうすればビー玉が外れる音がして、そしてそれは水中に水泡と共に沈んでいった。
開いたラムネと佐久間に持たせていたラムネを交換して、自分の分も開ける。
そしてそれを口に含めば、口内には炭酸特有の強い刺激が広がった。

「綺麗だな…」

その声に佐久間を見遣れば、瓶を翳して中身を見つめていた。
佐久間の手の中で揺れる瓶は、提灯の光に照らされてキラキラと反射した。

「何か、飲むの勿体ないな」

少し笑いながらそう言った佐久間は、名残惜しそうに瓶を口に運んだ。
それを佐久間が口から外す頃には、瓶の中身は三分の二程にまで減っていた。
再び歩き出せば、あんなにも騒がしく響いていた音が少しずつ小さくなっていく。
何故だかそれが寂しくて、すぐ隣を歩く佐久間の手を取った。
突然の事だというのに、佐久間は嫌がるでもなくそのまま指を絡ませてきた。
僅かに濡れた指先はひんやりとしていて、蒸し暑い空気の中では酷く心地好かった。

「来年もさ、こうやって二人で来れたらいいよな」

小さく呟かれたその言葉に思わず歩みを止めれば、佐久間が振り返った。
繋ぎ合った手は離れる事は無くて、それを眺めていれば来年再来年そしてその先も、きっと大丈夫だと思った。
顔を上げて、不思議そうにしている佐久間に近づいた。
そしてそのまま、軽く触れるキスをする。
その唇は、少しだけラムネの味がした。
ゆっくりと顔を離せば、佐久間は恥ずかしそうに目を伏せていた。

「絶対来よう」

そう呟けば佐久間が小さく身動いだ。
ラムネ瓶を持つ手で顔を覆いながら、佐久間は弱々しく頷く。
からん、と、ビー玉が転がる音がした。





(揺れる水面に浮かんで、溶けて)



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