カーテンの隙間から差し込んでくる陽射しが眩しくて、思わず瞼を強く閉じた。
しかしすぐに、どうしようもない居心地の悪さを感じて寝返りを打った。
一つため息をついてゆるゆると瞼を開く。
いつもなら、平穏に朝を迎えられるのだが今日は違った。
むしろ違いすぎたといっても過言ではないくらいに。

「…」

規則正しい寝息を立てて、俺の体に巻き付くような形で今だに夢の中にいるそいつ。
そんな相手の顔を暫く眺めた後、俺の腰にあった手を握って起き上がり体制を整えると、何も敷かれていない冷たいフローリングの上へと、今だに夢の中にいるそいつの体を勢いよく突き落とした。




「あー、いってえ…。ったく…起こすんならもっと可愛い起こし方しろよ。目覚め最悪」
「その言葉、そっくりそのまま返す」

不機嫌なまま手にしていたコーヒーを喉の奥へと流し込む。
目が覚めた覚めないは別として、とりあえず頭の回路を働かせる事に集中する。
そうしている内に、出来立ての料理の匂いが鼻孔を掠めたために俺は不動を振り返った。

「ほらよ」

不動によって卓上に並べられた料理は洋風のものばかりで、先程のコーヒーと交互に見遣りながら丁度良かったと我知らず安堵の息を漏らした。
と同時に、余裕だと言わんばかりに俺の条件を飲んだだけの事はあったのだと頷けるその出来栄えに、面には出さずに感嘆してもいた。
各々で食事を開始し、会話もないまま五分を過ぎた頃、ふと思い出した俺は食事を進めていた手を休め不動へ視線を移した。
それにすぐに気づいた不動も俺を見返した。
それを認めて、ゆっくりと口を開いた。

「お前、同居してること誰にも言うなよ」
「は?なんで」

心底訳がわからないというような顔を向ける不動に、思わずため息をついた。
自分でも険しく眉をしかめているのが分かる。

「どうもこうも、ないだろ」

俺の態度と言葉から勘づいたのか、不動は不敵な笑みを浮かべ、そして頬杖をつくと愉快そうに頷いた。
その反応が少し癪に触った俺は、苦し紛れに、まだカップの中で水面を揺らしていたコーヒーを一気に飲み干した。




不愉快窮まりない朝を迎え、些か気落ちしていたのだがいざ登校してみると呆気なく放課後になっていた。
何か仕出かすのではと冷や冷やしていたにも関わらず、当たり前といえば当たり前なのだが俺の心の内を知らない不動は、特にこれといった行動もせずに普段通りの学校生活を過ごしていた。
むしろ俺の方が不自然なくらいに不動は自然体そのものだった。
そんな不動に疑問を抱きつつも、何となくホッとしていた。
部活も無事に終了して、今は部員が部室内で団欒をしている。
そんな見慣れた風景を横目に、俺は楽しそうに話しかけてくる成神と洞面の相手をしていた。
この二人は俺にとって、ペンギンと同じくらいの癒しである。
可愛いなあ、などと思いながら成神達の話を聞いていた俺の耳に、突如聞き捨てならない話題が届いた。

「そういえば不動、お前住む場所は見つかったのか?」
「あ?」
「あ、それ気になってた。どうなったんだよ」

勢いよく振り向けば、そこには不動を挟んで並ぶ源田と辺見の姿。
話しかける二人を相手にする気がないのか、不動は曖昧な返事で黙々と着替えている。
背の高い二人に挟まれて余計に小さく見える不動の背中を睨みながら、余計な事は言うなという念を送ってみるが、果たして気づいているのだろうか。

「佐久間先輩?どうしたんすか?」
「う、え?あ、いや何でもない。それで何だって?」
「いや、そしたら洞面が…」

不動達から慌てて視線を逸らして、再び可愛い後輩達を振り返る。
いつもならもっと素直に彼らの話を聞いてあげられるのだが。
どうにもあちらが気になって、二人の声が耳に届かない。
ああもう、どうして俺がこんなに悩まねばならないのだろうか。
吐き出したい溜め息を必死に堪えていると、バタンとロッカーの扉が乱雑に閉められる音がした。

「たく、俺がどこ住もうが勝手だろうが」
「なんだ、ということは見つかったんだな」
「はいはい、お蔭様で見つかりましたよ」
「それならそうと早く言えよ!」

で、何処に住んでるんだ?と辺見が不動を茶化す。
後でどうなっても知らないぞ辺見、と心の中で忠告するも案の定、次の瞬間辺見は不動に殴られていた。
源田が悠然と不動を宥めているのを眺めながら、どうやら不動には居住先を彼らに言うつもりがないらしい事を悟った。
それを確認した途端、急に心が晴れやかになった。
これでようやく何も気にせずに、成神達の話が聞けると喜んでいた、瞬間。

「うるせえな…そんなに知りたきゃ、佐久間に聞け!」
「、え」

俺を除く部室内にいた者全ての視線が、一気に俺に集まった。
何が起こったのか全く理解出来ぬまま突っ立っている俺に近づき、不動は俺の肩を叩くと耳元で小さくこう言った。

「先帰ってるぜ、次郎ちゃん」

そしてそのまま不動の足音は遠ざかり、自動ドアの奥へと消え去っていった。
ただ一人取り残された俺は、猛獣の中に放り込まれた一匹の兎のような気持ちで、頭を抱え力無くその場に座り込んだのだった。






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