「…は?」

目の前にある勝ち誇ったような笑みに微かな苛立ちを覚えながら、俺は開いたままのドアに寄り掛かって腕を組んだ。
奴の背後に広がる青空は澄み渡り、時折吹き抜ける風は心地好いというのに、俺の心情はただただ重く澱むばかりであった。

「…それってつまり、お前を俺の家に居候させろ、そういうことか?」

肩をすくませながら、そいつは笑みを深めた。

「そんな嫌そうな顔すんなよ、次郎ちゃん」
「…不動、」

ギロリと睨みつけるも、不動は気にも止めていないようで、足元に無造作に放り出された小さな鞄を足で蹴り示した。
その行為を眺めながら、ふと疑問に思う。
仮にこいつが俺の所で居候をするつもりだとして、自分の目下に転がるこの荷物は少な過ぎるのではないか、と。

「お前、普段どんな生活してるんだよ」

半ば呆れ気味に問えば、不動は意味ありげに笑ってみせ、見ての通りだろ、と返答した。
一つの疑問が晴れた途端、脳内に次から次へと疑問が溢れてきた。
本気で気になるものをその中から選び取り、俺は腕を組み直した。

「そもそも…何で俺?別に俺じゃなくたっていいだろ、」

源田や辺見、最終手段としては鬼道さんという選択肢もあるというのに。
それに、不動が居候する場所を探しているというのも気になる。
確かに不動には愛媛から東京の帝国学園に転校してきた為に身寄りがないのは重々承知しているのだが、帝国学園には学生寮がある。
それなのに、何故。

「満室っつって断られたんだよ」
「なら尚更、源田とかでも、」

瞬間、不動はあからさまに眉間に皺を寄せた。
突然の事に少々驚きつつも、不動の次の言葉をただひたすらに待った。
そうすれば不動はため息をつきながら、左右に首を振った。

「源田は無駄に世話焼いてきそうだから却下。辺見とかまだ知り合って1ヶ月も経ってねえ奴らのとこに転がり込むなんざ冗談じゃねえし、それ以上に鬼道くんとこの無駄にでけえ家で過ごすことこそありえねえ。それに、」

そこまでまくし立てた不動の顔が、急に俺のすぐ目の前まで迫ってきた。
思わず後退りをすれば、不動はまたも勝ち誇ったような笑みを見せた。

「俺が、次郎ちゃんの“愛しの鬼道さん”と一つ屋根の下なんて、気が気じゃねえだろ?」
「…その残りの髪の毛、引っこ抜いてやろうか」

それを聞いた不動は、怖い怖いと大声を上げて笑い出した。
不愉快さと苛立ちが募りに募った俺は、ドアノブに手をかけた。
そしてそのまま思い切りドアを閉めるつもりだったのだが、あろうことか不動は俺の手首を握って動きを制止させたのだ。

「一時期同じ宿舎で過ごした仲じゃねえか。その延長だと思って俺を居候させろ」

以前の不動からはあまり想像出来なかったであろう、この焦りように俺は思わず笑ってしまった。
不機嫌に目を細めながら、不動がこちらを睨みつける。
そんな不動を見ながら、俺がドアノブから手を離せば、不動も同時に俺の手首を解放した。

「一週間」
「は?」

不動に向かって人差し指を立てた右手を突き出し、俺は続けた。

「一週間で自分の住む場所見つけろよ。一週間過ぎたら追い出すからな」

そう言い終えると、呆気にとられている不動を取り残したまま踵を返す。
しかし、すぐに言い残したことを思い出し再度不動を振り返った。
足元の荷物に手を伸ばしている最中だった不動に声をかければ、チラリと俺を一瞥した。

「あと、勝手な真似はするな。家事も半分受け持て。いいな」
「…はっ、いいぜ、別に」

抱え上げた荷物を持ったまま室内に入ってきた不動は、廊下の途中に立っている俺の隣まで来ると、俺の腕を無造作に掴んで自分の方へと引き寄せた。
目を見開いたまま固まっていると、耳元まで顔を近づけてきた不動はそこで口を開いた。

「よろしくな、次郎ちゃん?」

そうして俺から離れた不動は、愉快そうに笑いながらさっさとリビングへと行ってしまった。
その後ろ姿を見つめながら、俺は自分の下した判断に対して、逸る胸の中で早々に後悔の念を渦巻かせていた。






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