所変わって花街は吉原。
ざわざわとあらゆる所で立ち止まり、話に花を咲かせる人々が町の至る所に見受けられる。
それを窓から覗いていた薄い茶色の髪に飾りのついた簪を差した遊女が、横へと顔を廻らせた。

「何だか騒がしくありんすね」

その先には、ゆらゆらと煙をその煙管から立ち上らせながら、目を閉じるもう一人の遊女。
深い緑色の髪の遊女は目を開く事をせずに素っ気なく答えた。

「ああ、稲妻の方で火事があったらしい。火元は知らないけどね」

ふうと煙を纏った息を吐きながら、遊女は己の妹を見遣った。

「そんな事より夏蔭、早う準備しな。もうじき見世も開く」
「あい」

夏蔭が奥へと下がったのを確認した遊女は、カン、と煙管盆の灰吹きのふちに雁首を当てた。
そうして吸い飽きた煙管を懐に収めると、立ち上がり部屋を出る。
すると着物を擦る音が遊女の耳に入った。
そちらに顔を向ければ、一人の遊女がこちらに向かって来ていた。

「おや、浮かない顔だね。燈凛」

燈凛と呼ばれた遊女は、その足を止めると氷色に染まる流れるような髪と共にしゃらりと簪を揺らした。

「…獅貴さん」
「折角の綺麗な顔が台無しだよ?」

顔をちょいちょいと人差し指の背で撫でれば、燈凛は擽ったそうに目を閉じた。
獅貴の手をやんわりと離した燈凛は、困ったように笑った。

「―…昨夜、稲妻で火事がありんしたでしょう?」

それに獅貴が頷けば、燈凛は目を伏せた。

「火元が帝国でありんして、…」

それきり押し黙った燈凛の様子に、獅貴はふむと顎に手をやり思案した。
それから間もなく、ああ、と思い当たる。
そういえば、帝国にはこの子の馴染みが住んでいた。
代々与力の役職につく源田家の第二子息で、確か名は源田幸次郎。

「そりゃあ、また…」
「源田様の家では無かったようでありんすが…」

燈凛は忙しなく視線を泳がせる。
その様を見ながら、獅貴は口端を吊り上げると燈凛の肩を叩いた。

「何かあったら知らせがあるだろうて。しかしあれから大分時が経っているじゃないか。大丈夫さ」

数度燈凛の華奢な肩を叩くと、獅貴はゆっくりとその場を後にした。
その背を見つめながら、燈凛はふわりと微笑んだ。
そうして己の手を上へ持ち上げ、ふるふると首を振った後、ぱちんと両頬を叩いた。
もうじき見世が開くのだ、浮かない顔ではお客に何と思われるか。
意を決したかの様に燈凛は顔を上げた。

「姐さん、」

突如響いた声にくるりと顔を向ければ、まだ結い上げられていない若草色の髪を揺らしながら、己の妹である珊瑚が小走りで走ってきていた。
燈凛はそんな妹に手を伸ばす。
そして、それとほぼ同時に珊瑚の体が傾いた。
ぽふ、と少し間の抜ける音が二人の間に響き、そしてそれは燈凛が珊瑚を受け止めた事を物語っていた。

「ご、ごめんなさい…!」

慌てて燈凛から体を離した珊瑚は深く頭を下げた。
その姿に苦笑しながら、燈凛は珊瑚の頭を軽く叩く。

「一体何度走ってはならんと教えれば…」
「つ、つい…」

眉を下げ、本当に申し訳なさそうにしている珊瑚の頭上に置いた手をゆっくりと左右に動かした。
そうして動きを止めると燈凛は珊瑚に尋ねた。

「して、その髪は?」
「あ、その…上手く結う事が出来んせんで…。今日は髪結いさんも来てはおりんせんから…」

力無くうなだれる珊瑚を一目見た後、燈凛は踵を返した。
そうしてそのまま自室へと向かう。
それを見た珊瑚は表情を暗くし、その場に立ち尽くしていた。

「…まっこと手のかかる妹でありんすなあ」

前方から聞こえてきた声に顔を上げれば、穏やかな目を己へ向ける姉女郎がいた。
するりと長く細い指が着物の間から伸ばされる。

「ほら、早くしんせんと見世が始まりんすよ」

胸の前で両手を握りしめながら返事をすると、珊瑚は笑顔を見せた。
そして、伸ばされた燈凛の手を取ると己の大の自慢である姉と共に歩きだした。

「三味線の腕も見んせんと」

柔らかい笑顔で妹を見遣った燈凛は小さく呟いた。
その言葉をしかと聞き取った珊瑚は、ぱあと顔を輝かせた。

「昨日、煕蝶姐さんに上手くなったと褒められんした!」
「ほう、それは楽しみでありんすなあ」

実の姉妹の様に笑い合う姿は、実に可愛らしい光景であった。
そんな二人が座敷へと姿を消してから、少しの時間が経ち、漸く妓楼「鬼道屋」は見世を開いたのだった。



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