風が吹きすさび、それによって煽られた炎が嘲笑うかのように猛り狂う。
夜の稲妻町の一角に咲いた夕陽色の華は、花弁を舞い散らしながらその猛威を休めることなく着実に侵食していった。
十年前、稲妻町に多大な被害を齎した大火事の中に、彼らはいた。
何事も無く過ぎていったその日は、彼らにとって、皮肉にも一夜にして総てを奪い去っていった日へと姿を変えたのだった。





「―…丸、風丸!!」

静寂に包まれていた部屋に、突如訪れた喧騒。
安眠していた風丸は、その音に驚いて目を開けた。
あまりの騒がしさにただならぬものを感じ、布団を剥ぎ取り立ち上がる。
刹那、勢いよく開かれた襖の方を向けば、現れたのは円堂であった。
その瞳は険を帯び、吐き出される息は荒かった。
その剣幕に風丸は悟った。
傍らの、綺麗に畳まれていた羽織りに手を伸ばす。
その様子を見た円堂は一つ頷き、大きく息を吸い込み風丸に背を向けると、その声を家屋全体に響き渡らせた。

「―…火事だ!」




「火元は帝国辺りだ」
「帝国!?」

火事の起こった方へ向かっている最中、円堂の口から告げられた火元の位置に風丸は思わず声を裏返した。
帝国といえば有力な与力や奉行といったお偉い方の多い区で、行き届いた整備のお陰で滅多な事では火事なんてものは起こらない。
しかし、そこから出火したとなれば考えられるのはただ一つ。

「放火か…」

円堂の顔が険しくなり、駆ける足も幾分か速まった。
風丸は前を向き、眼前に迫ってきた家屋を真っすぐに見つめた。
野次が群れるその場所は、まだ大きな被害を出していないものの、真っ赤に染め上げられていた。
ふと野次の数人が円堂達の方を振り返り、陰のさしたその顔に光を宿した。

「千組だ!道開けろー!」

野次の声を合図に開けた道。
円堂達を見るその顔は、先程の野次達のように輝いていた。
その開けた道を抜けて足を止め、円堂は後ろを振り返った。

「風はないが油断するな!千組の名に恥じるような事はすんじゃねえぞ!」

おお!と野太い声が辺りに響き、円堂と風丸の後を追ってきていた者達の顔が引き締まった。
それを確認して円堂は風丸を振り返る。
自分を捉える円堂に頷き、風丸は家屋の端に立てられた梯子を、纏を持ちながらゆっくりと登る。
その間に、家屋から離れた所に立つ白髪の少年、豪炎寺修也が助走をつけて走り出した。
そうしてそのまま思いきり地を蹴り上げ、軽々と飛び上がった。
慣れたように無事屋根に着地した豪炎寺は素早く屋根の瓦を砕いて、ようやく上に登ってきた風丸をそこへ誘導する。

「そこじゃなくてその隣の角だ!」

下では円堂が大声を張り上げ指示を出す。
その指示通りに平人は動き、家屋は着実に破壊されていく。
そう、彼らは江戸火消四十八組の一つ、千組なのである。



「…っ、円堂さん!!」

円堂は己の名を呼ばれて振り返った。
そこには紫色の髪の少年が走ってきている光景があった。
その顔に見覚えのあった円堂は記憶を手繰りよせて出てきた名を口にした。

「成神?どうしたんだ?」

息を切らせて円堂の元に駆けてきた成神は稲妻町の治安を守る同心の一人である。
成神は息を整えることもせずに掴み掛かるような勢いで円堂に迫った。

「―…だ、さん…源田さんは、出てきてませんか!?」
「源…田、!?」

話を聞けば成神達同心が到着した時、子供が取り残されていると火元の家屋の者が泣きついてきたらしく、それを聞いた源田が炎が荒れ狂う家の中へ迷うこともせずに飛び込み、千組が到着したというのに未だに出てこないというのだ。
それを聞いた円堂は焼けていく家屋を見上げた。
既に火は家全体を覆っている。
今行ったとしても助けられる保障があるとは言えず、何より源田が生きているかどうか。
そう伝えると成神がその場にくずおれた。

「そん…な、…どうにかできないんすか!?」

縋り付いてくる成神を見ながら、円堂は苦しそうに顔を歪めた。
どうすればいい。
源田の職業は与力で、成神達同心はよく面倒を見てもらっているようで、円堂達も仕事や様々な面で良くしてもらっている。
正義感が強く、優しい男で、だからこそ自分の危険を省みずに飛び込んだのだろう。
円堂は組頭、如何せん平人達に指示を出さねばならないから動くことは出来ない。
円堂がきつく唇を噛んだ、その瞬間。

「俺が行く」

バシャリと飛び散った水滴。
今までの話を聞いて降りてきたのだろう。
雫を滴らせながら、豪炎寺が目を細めた。



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