大勢の人が行き交う通りには、出店や見世物興行が並び、活気で溢れていた。
見物する者の笑い声や子供の泣き声、はたまた怒鳴り声。
あらゆる音が入り乱れ、悪く言えばただ煩いだけの昼の江戸、稲妻町。
その通りを頭頂部でまとめあげた碧色の髪を緩やかに揺らし、野菜などを抱えながら歩く少年、名を風丸一郎太という。
その端正な顔に笑みを浮かべながら、彼は隣を歩く幼馴染みを振り返った。

「この町は本当に元気だな」

荷物を抱えたまま団子を口に運んでいた茶髪のその少年は円堂守。
己を振り返った幼馴染みに円堂は屈託のない笑みを返した。

「そうだな!でも俺は、そんなこの町が大好きだ!」
「はは、俺もさ」

当たり前だと言わんばかりに大きく頷き合った二人は、とある人だかりを見つけてその足を止めた。
その人だかりの中心にいるのは、東西屋。
その後方に見えるのは、稲妻町一番の歌舞伎一座の旗であった。
どんどんどん!
太鼓の単調な音が大きく響き渡り、東西屋がその音に負けない程の声を張り上げた。

「東西!東西ー!これより皆様にお目にかけますは、盲目の町娘と武士との切なき恋の物語!繋がる事も赦されず、生きる世界も違えしこの二人。その恋路は、行方も判らぬ荒れた路。行き着く先は、別れかはたまた心中か?二人を相つとめまするは、吉良一座の看板女形基山宙人、人気役者南雲晴矢!その所作事をごゆるりと御覧なされますよう。まずはこれにて口上、左様。東西!東西ー!」

口上が終わると直ぐさまその場にいた者は皆、小屋の中へと入っていく。
その姿を輝いた目で追いながら、円堂が口を開いた。

「吉良一座の新作か!な、風丸!見に行こうぜ!」

そんな幼馴染みを見ながらしばし思案し、風丸は困ったように笑った。

「…そうだな、久しぶりだし」
「よっし!早く行こうぜ!席無くなる!」

一目散に駆けていった円堂を風丸は半ば呆れたように見送った後、両腕いっぱいに抱えた物を抱え直し、その足を速めた。




「…涙出すぎて頭痛い」
「円堂、お前ほんとに涙もろいな」

舞台が終わった後もずっと泣いていた円堂を待っていた為に、日はすっかり傾いてしまった。
風丸が沈みそうな夕日を遠い目で見つめながら円堂の肩を叩いていると、後ろから砂を踏む音。

「あれ?…円堂くんに風丸くん!」

聞き覚えのある声に振り向けば、そこには赤い髪の、一見すれば女性のような外見をしているが正真正銘の男である吉良一座の基山宙人。
先程の舞台で町娘を演じた看板女形である。

「おお、宙人!今回も良かったぜ!」
「ふふ、円堂くんのその目を見れば一目瞭然だよ。ありがとう」

円堂が頭を掻きながら苦笑をすれば、宙人は更に可笑しそうに笑った。
口元を着物の裾で抑えるその姿は、物腰の柔らかい女性そのものである。

「お前ら、また来てくれたのか」

再び後方から聞こえてきた声に顔を向ければ、深紅をその髪に溶かしこんだかのような髪をした吉良一座の人気役者、南雲晴矢であった。
風丸は手を振りながら近づいてきた南雲に一礼すると、感想を述べた。

「今日の舞台も本当に素晴らしかったです!晴矢さんは本当に演技がお上手で」
「おいおい褒めてもなにもでねえぞ?」

さも愉快そうに笑う南雲は、一度舞台に立てば人が変わったようにその役に完全になりきる程の腕前を持つ。
悪役も善役も老人も若人も、彼は総てをこなしてみせるのだ。
そのような南雲や宙人を筆頭に有能な役者が多数在籍する吉良一座は稲妻町一、いや、江戸一の人気を誇る一座なのである。
なぜこの有名人達と円堂、風丸のような町人が仲が良いのかという理由はまた別にあるのだが。

「それでお前ら、それ。いいのか?」
「え?」

南雲が指差す先は冒頭で風丸と円堂が抱えていた大荷物。
それを見た風丸は誰が見てもわかるほどに顔を青くし、荷物をひったくるように抱え上げた。

「まずい、夕飯が…!おい円堂!帰るぞ!」
「おおおう!」
「ではお二方!すみませんがこれで!」

嵐の様に西の方へ駆けていった二人は、みるみる内に見えなくなった。
その二人の様子を唖然と見ていた宙人と南雲は、ゆっくりと顔を合わせると声を上げて笑ったのだった。



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