世の中にはあらゆる場面で妙に他人から好かれ、可愛がられる人間がいたりする。
この帝国学園も例には漏れず、そんな人間が存在していた。
帝国学園サッカー部の佐久間次郎、彼こそその部類に属する人間であった。
現にサッカー部の面々から蝶よ花よと育てられている。

「源田!」

嬉しそうな声で跳ねるようにこちらに駆けて来て、自分を見上げた佐久間を見下ろす。
自分よりも頭一つ分小さい佐久間は、必然とその首を伸ばせるだけ伸ばす事になる。
首が疲れるだろうと配慮して屈んで目線を合わせれば、佐久間は首を伸ばすのを止めた。
そして、それはもう幸せ一杯と言わんばかりの笑顔を見せた。

「さっき、鬼道さんに褒められたんだ!」

今にも跳びはねそうな佐久間の頭を、良かったなと撫でてやれば嬉しそうに笑った。
すると思い出したようにハッとしたかと思えば、ズボンのポケットから何かを取り出して、それを俺の目の前に突き出してきた。
その何かをまじまじと見遣れば、佐久間の好きな飴だった。

「ご褒美だってくれたんだ」

嬉しそうに飴を見つめている佐久間に思わず笑みを零す。
そうしていると、後方から聞き慣れた声が響いてきた。
「佐久間先輩!」

振り返らずとも声の主が誰かは分かるのだが、思わず振り返ってしまう。
そしてその人物は俺の横を通り抜けて、後方へ飛び込んだ。
瞬間、佐久間の悲鳴もろとも、視界の隅から二人が消えていった。

「な、成神、苦しっ…」
「あ、すみません。あんまり佐久間先輩が可愛いんで!」

一旦佐久間の上からどいた成神はしかし、佐久間が立ち上がったのを確認すると再び佐久間に抱き着いた。
当の佐久間は嫌がるでもなく、むしろ抱きしめ返している。
出来るならば俺もやりたいのだが、自分の性情がそれを許さない為、二人の様子をただ見守っているだけしかない。

「まあ、成神のスキンシップ力は部一だからな」
「それにしたって行き過ぎじゃねえ?」
「ああ、咲山に辺見」
「ああ、じゃねえだろ…あのなあ、」

唐突に現れ、しかも心の内を見透かしたかのように言われた言葉に少々驚きつつ、二人に笑いかける。
そんな俺に額を押さえながら、辺見が尚も言い募ろうとした時、佐久間が二人に気づいて手を振った。

「辺見!咲山!」
「げっ、なんでいるんすかデコ。俺と佐久間先輩の二人だけの時間を邪魔しに来たんですか?」
「てっめ、成神…!」
「お望み通り邪魔してやるぞ成神」
「ええ?咲山先輩に勝てる訳ないじゃないっすか!」

一人占めは禁止だろ、と言いながら咲山は成神から佐久間を半ば奪うように解放し、自分の腕の中に閉じ込める。
止めようとする辺見は、二人からしたくても出来ないくせにと言われ早々に戦力外にされている。
佐久間はといえば、自分が今どんな状況にいるのか分かっているのか定かではないが、楽しそうに三人の争いを、その渦中から眺めていた。
こういう時、鈍感は強いなと心から感心する。

「随分と余裕だな、源田」

ふと隣に人の気配を感じて、そちらに視線を移せば鬼道が四人の様子を眺めていた。
先の鬼道の言葉の意味を理解し、再び四人へ視線を変える。
相も変わらず佐久間を巡っての抗争が繰り広げられている。

「いや?そうでもないんだが、どうにも止める気が起きなくてな。佐久間が嫌がっているならまだしも、むしろ楽しそうだから」
「…確かにな」

甘い物と楽しい事が好きで、辛い物と一人ぼっちが嫌いな佐久間。
それはサッカー部全員が心得ている。
すぐに騙されるし、ドジな事を仕出かしたりもするし、ある意味部員の苦労を絶えさせないトラブルメーカーなのだが、つい許してしまう。
結局、俺を含め皆、佐久間に対して甘いのだ。
好きだから、とかそんな理由を抜かしても可愛がりたくてしょうがない、それが帝国の佐久間次郎。
この学園にいる限り彼が独り立ちをするのは、きっと当分先の話になるのだろう。




∴ 箱入り娘は籠の中
(可愛いけれど、まだまだ旅はさせません)

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