お菓子をくれなければ悪戯をする。
それが許される十月某日、周りの者達は我先にとその日を満喫していた。
元々あまり行事に自ら進んで参加するようなタイプではなかった豪炎寺は、例年通り傍観に徹していた。
こういった行事には敏感な円堂達は相変わらずであるのだが、そんな中に鬼道が参加していることに豪炎寺は正直驚いていた。

「まあ、帝国でもこんな行事が学校全体であったからな」
「そうなのか」

自分の元へやって来た鬼道に、豪炎寺は事前にポケットに忍ばせておいた飴を手渡した。
そうすれば、それと引き換えにとでもいわんばかりに鬼道は胸の内の疑問に答えてくれた。
恐らく顔に出ていたのだろうとふんで、豪炎寺は鬼道の後方に目を遣った。
すると、こちらに歩いてくる人物が目に留まった。
けれどその人物は自分ではなく、隣に立つ鬼道が目当てなのだろう。

「鬼道さん」
「ん?ああ、なんだ佐久間。お前も豪炎寺に飴を貰いに来たのか」

急に自分が話題に出されて驚きはしたものの、豪炎寺はどうにか平然を装いながら佐久間に飴を差し出した。
とまどいながらそれを受け取った佐久間は一瞬だけ豪炎寺をその視界に捉え、そうして意識を鬼道へ戻した。
それを見逃さなかった豪炎寺は、小さく苦笑した。
やはり彼の中の鬼道という存在は大きいのだということを再確認して。
それからどれだけ経ったかは定かではないが、どうやら話を終えたらしく鬼道が円堂達が集まる方へ引き返して行った。
後を追いかけるだろうと思っていた佐久間はしかし、一定の距離を保ち押し黙ったまま豪炎寺の隣に座っていた。
そうしながら佐久間はポケットからチョコを取り出して口に入れた。
それを視界の隅で捉えつつ、どうしたものかと考えていた豪炎寺は遠慮がちな声を聞き留めて佐久間を振り返った。
佐久間は、豪炎寺を見つめながら親指と人差し指で摘んだ飴を示した。

「飴、ありがとう」
「ああ、気にするな。どうせなら先に安全を確保しておこうと思っただけだ」

そう言えば、佐久間が突然笑い出した。
突然の事態に驚いた豪炎寺は、これには流石に眉根を寄せた。
納得がいかず豪炎寺が一体何だと問えば、佐久間は涙目になった目を擦りながら豪炎寺を見上げた。

「豪炎寺らしいな、と思って」

先程よりは収まったものの、相変わらず笑い続ける佐久間の姿を見て、豪炎寺は少しの憤りを覚えた。
それが怒りに繋がる事は決してないのだが表現をするならば今の自分は、拗ねている、が正しい表現かもしれない。
そうしてふと思い立った豪炎寺は、佐久間の名を呼んだ。
それに気づいた佐久間が自分を見るのを待ち、そして口を開く。

「トリック・オア・トリート」
「え、」

唐突な言葉に固まっていた佐久間はすぐに我に返り、自分のズボンのポケットからお菓子を取り出すとそれを豪炎寺に差し出した。
紛れも無い甘味のそれをまじまじと見つめた豪炎寺は、僅かに笑みを見せると佐久間に視線を戻した。
完全に安心しきっている佐久間の腕を弱く握り、差し出しだされたお菓子を指差す。

「実は、俺は甘い物が苦手なんだ」
「は!?」

佐久間から素っ頓狂な声が上がる。
この事実は紛れも無い真実であり、豪炎寺がハロウィンという行事に参加しない理由でもあった。
だから常に傍観者であったのだが、佐久間に対してどうしようもない悪戯心を抱いてしまったのだ。
案の定、その事実を聞かされた佐久間の顔は少なからず青ざめていた。
悪戯はされまいとお菓子を持ち歩いていたのだろうが、これだけは佐久間も対処のしようがなかった。

「そうだな。キスでもするか?」

わざとらしくそんなことを聞けば、佐久間の瞳は驚きの色に変わった。
慌てたように忙しなく視線を泳がせる佐久間を見ながら、豪炎寺は愉快そうに笑った。
ようやく覚悟を決めたのだろうか、瞼をきつく閉じたきり佐久間は大人しくなった。
そんな無防備な彼に豪炎寺の中の悪戯心は増大するばかりであった。
豪炎寺がゆっくりと顔を近づけていけば、佐久間の顔には豪炎寺の吐息がかかる。
身を強張らせ、吐息がかかる度に肩を浮かせ、そして佐久間は息を飲んだ。

「…冗談だ」

もう残り数センチというところで豪炎寺はそう呟くと、佐久間の頬をペろりと嘗めて顔を離した。
瞬間、佐久間は目を開いて自分の頬に手を当てた。
豪炎寺はその様を見ながら満足げに目を細めた。
豪炎寺のその表情に、思わず頬から手を離した佐久間は力無く落ちてきた手の甲を見下ろした。
そこには褐色の肌の上でも何であるかがわかる茶色いもの。
佐久間が目の前へ再び顔を上げようとしたと同時に、甘いな、という声が佐久間の耳に届いた。




∴ 美味しそうだったものですから
(頬についたチョコと、そして)




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