「トリック・オア・トリート」

一体自分は朝から何度この言葉を聞いたのだろう。
自分の元に一人やって来ては言い、一人やって来ては言い。
幸いにも昨日の内に、今日という日が何であったかを思い出していた佐久間はしっかりとお菓子を用意していた。
その点、昨日の自分は割と本気で称賛に値すべきだと思う。
そんなことをぼんやりと考えながら一つため息を吐き、佐久間は目の前に突き出された手の中に予め用意していたお菓子を置いた。

「ん」
「うっわ…、円堂達の言ってた通りじゃねえか」

心底残念そうな表情を浮かべる不動の手は、零れんばかりの飴やチョコ、クッキーで溢れていた。
そんな姿を見て、佐久間はしたり顔で鼻を鳴らす。
そうすれば、不動は面白くなさそうに大きく舌打ちをした。

「残念だったな?」

そう言ってふと佐久間は自分の横で力無く折れた袋に目を遣った。
用意していたお菓子が入っていた大きめのその袋は、朝からの大量の挑戦者達によって今にも底を尽きそうだった。
しかし、しっかりと順を追って思い返してみれば不動は最後の挑戦者だ。
朝早くから元気に突撃してきた円堂や綱海、そんな二人の報告を受けてわらわらと全員でやって来た後輩達、バラバラにやって来た仲間達。
いつものお礼という意味も込めてマネージャー達にも分けてあげた。
やはり不動で最後、ならばもうこのお菓子は必要ないだろう。

「面白くねえ」
「それはどうも」

あっさりとした返事をしながら、佐久間は袋から視線を変えずに中から残りのお菓子を取り出して確認する。
手の平の上に乗っていたのはチョコが2つにクッキーが4枚、そして飴が1個。
自分で処理するのに適した量。
もう少し多くてもよかったのにと思いつつも、佐久間は次から次へとお菓子を口に運んだ。
佐久間自身が自他ともに認める生粋の甘党であるために、それらは5分もかからずに飴だけを残して綺麗に無くなってしまった。

「…お前、ほんとに好きだな。菓子」
「え?折角貰ったけどやっぱりいらない?じゃあ俺が食べてやるよ!」

佐久間が不動の手からお菓子を奪おうと嬉々として手を伸ばすと、手首を握られて止められた上に頭頂部に手刀をたたき落とされた。
悪戯がしたかったのならお菓子を返せばそれをカウントしたりはしないし、何より自分が多くお菓子を食べられる。
悪戯はされるが、それはとりあえず置いておく事にして。
そんなことを頬を膨らませ頭をさすりながら恨めしそうに呟けば、それとこれとは話が別だ、という声が降ってきた。
少しだけふて腐れた佐久間は不動から視線を逸らし、残りの飴を口にくわえた。
その棒つきの飴は、佐久間が口の中で飴を転がす度に棒をゆらゆらと揺らす。
それを合図にしたかのように、途端にその場は無言になってしまい、二人の間にはお菓子を頬張る音だけが響いていた。

「次郎ちゃん」
「…なに」
「トリック・オア・トリート」
「は?もうあげただろ」

突如声を上げた不動は微妙な空気を壊すどころか、更に微妙な空気を連れてきた。
しかもリベンジだよリベンジ、と意味ありげに笑ってみせる。
そんなこといきなり言われても、もう自分はお菓子を持っていない。
これはまずいと判断した佐久間は、苦し紛れにくわえていた飴を不動に差し出した。
平然を装ってはみるものの、頬には冷や汗が伝わっていく。

「…なんだそりゃ」
「…うん、なんだろうな」

佐久間が観念して、お菓子がないことを示せば不動は口端を吊り上げた。
悔しいけれど自業自得といえば自業自得なのだ。
しかし、やはり不動の不敵な笑みを見ているとどうにも納得がいかず、やっぱりこの件はナシにしてしまおうと佐久間は密かに決意して、口を開こうと顔を上げた。

「、え」

瞬間、自分の唇に柔らかい感触が走り、そして甘い味が口内に浸透していった。
自分が何をされているのか、それを漸く佐久間が理解した頃にはその唇は離れていた。
呆然としたまま不動を見上げれば、再び不敵な笑みを見せた。

「ハッピーハロウィン」

愉快そうにそう呟き、不動は踵をかえすとたちまち歩いて行ってしまった。
一人その場に残された佐久間は、手の中の飴の存在を思い出しもう一度それをくわえる。
先程感じた熱と柔らかい感触、そしてむせ返るような甘い匂いが、今だに佐久間の全身を駆け巡っていた。




∴ お菓子をくれても悪戯するぞ!
(好きな子ほど、って言うでしょう)




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -