「男の子って、憧れるよね」

ぽつりと呟かれたそれを聞きとめ、私は秋さんを振り返った。
そこにいた彼女は、優しい眼差しでただひたすらに前を見つめていた。
そんな秋さんに倣い、視線を前方へと戻す。
眼前に広がっているのは、楽しそうにグラウンドを駆け回る男の子達の姿だった。

「何にでも一生懸命で、楽しそうで、すごいよね」

こっそりと盗み見た横顔の、眩しそうに細められた瞳はどこまでも優しかった。
私は、そんな秋さんが眩しくて、少しだけ視線を逸らした。
でもね。
少し強めの風が、足元の草をざわりと揺らした。
踊るように跳ねる鮮やかな若草色は、風が通り過ぎてもなお、ゆっくりと左右に揺れていた。
無言で続きを促すと、視界の隅で秋さんは、煽られて僅かに形の崩れた髪を手で梳いた。
流れる深緑色の髪に付けられた桃色のヘアピンは、光に反射して小さく輝いた。

「でも、男の子になりたい訳じゃないの」

何の感情も含まない単調な声音で、ゆっくりとそれは紡がれた。
視界の中の秋さんは、相変わらず優しげな笑みを浮かべているだけだ。

「もし私が男の子だったら、あんな風に思いっ切り駆け回れるんだろうけど、」

秋さんの黒い瞳が私を捉えた。
その中の私の瞳にも、しっかりと秋さんが映し出されていた。
ゆったりと流れていた時間が、時を止めたような気がした。

「でもそうしたら、きっと冬花さんとこんな話は出来ないんだよね」

可笑しな話だね、そう言って秋さんは笑った。
先程の言葉を頭の中で反復させながら、私はスカートの裾を目の前の彼女に気づかれないように、きつく握りしめた。
この手を離せばきっと、皺が寄ってしまっているのだろう。
だけど、そんなことを気にしてはいられなかった。
秋さんの言葉が純粋に嬉しくて、そして寂しかった。

「同じ、ですね」

私がそう呟くと秋さんは大きく目を見開いた後、そう、と微笑んだ。
そんな彼女に微笑み返しながら、私は続けた。

「だけど、違う」
「え?」

不思議そうに首を傾げる秋さんを見つめながら、私は小さく目を伏せた。
私は秋さんに出会ってから今までずっと、それはもう数え切れないくらいに何度も何度も、男の子になりたいと思った。
そして、それと同じくらいに何度も何度も、女の子で良かったと思った。
そんな自分がもどかしくて、どうしようもなかった。
だけど、何故だか今、その靄が晴れた気がする。

「冬花さん?」

俯く私を、秋さんが覗き込んできた。
私を見上げる彼女を脳裏に焼き付けた後、ふと瞼を閉じて、一つ深呼吸。
そうして開いた視界に飛び込んできたのは、澄み渡った青空と心配そうな表情の秋さん。
その光景に、私は大きく頷いた。
男の子になりたい、女の子で良かった。
きっとこの気持ちはこれからも感じていくのだろう。
だけど私は、それでも貴女を想い続ける。
男の子になっても、女の子のままでも、きっと、ずっと。

「…何でもありません。そろそろ、皆さんに休憩だと伝えましょう!」

そして、呆気に取られ呆然としている秋さんの手を取って歩きだす。
少しだけ肌が荒れてしまっている秋さんの手は、思っていたよりも温かくて、心地が良かった。




∴ 廻り巡って恋心
(例え私が何であっても、きっと貴女に恋をする)




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