彼と初めて言葉を交わしたのは、彼が俺の代わりにライオコット島へと旅立つあの日だった。

『頑張ってきてくれよ』
『ああ、もちろん。お前達の分まで頑張ってくる』

たったこれだけ、これっぽっちの会話だった。
何かもう少し話したほうがいいのか、それなら何を話そうか、とずっと考えていたのに結局何も切り出せないまま、彼は旅立って行ったのだった。
その後、俺の胸中に残ったのは自分の不甲斐なさとどうしようもない無力感だけだった。




「佐久間くんはそんなこと、気にしてないと思うけど…」
「俺は気にしてるんだよ」

FFIが終わり、世界一となって日本へ戻ってきた皆を出迎え、すぐに俺の元へやって来たヒロトと話をしていた。
隣に座り、先程の話を聞いたヒロトの返答は先の通りのもので、それはきっと正しいから俺は余計に悩んでしまう羽目になる。
長く垂らした横髪を指に巻き付けながら考えていると、隣のヒロトから面白いとでもいうかのような声が響いた。

「成る程ね。そうだったんだ」
「は?何?」

俺が聞き返すが早いか、ヒロトは周囲を見渡し始めた。
そしてお目当ての人物を見つけたのか、その人物に向かって手を大きく振って声を張り上げた。

「あ、いた。佐久間くーん!」
「ちょっ…ヒロト!?」

慌ててヒロトの口を押さえるも、時既に遅し。
ヒロトの声に気づき、鬼道や帝国の仲間達との話を中断させて佐久間がこちらに向かってきた。
それに合わせて立ち上がったヒロトは、やって来た佐久間と何やら会話をし、俺を指した。
そのヒロトの動きを追った佐久間の瞳と視線が交わる。
そうしてそのまま、佐久間はヒロトと別れ俺の方に歩いてきた。
佐久間の足どりに合わせて、心臓が早鐘を打つ。
彼が俺の目の前にたどり着いた時には、もう破裂寸前だった。

「…ええと、その、おめで、とう。やっぱり代表は違うな!」
「…?」

佐久間が不思議そうに首を傾げた。
俺は何かまずいことを言ったのかと不安になって、彼から視線を外した。
しかし、俺に目線を合わせる為かは分からないが、佐久間が座り込んだ為に再び彼を見遣ることになった。

「違うって…緑川もイナズマジャパンの仲間だろう?」
「、え」

佐久間の瞳に俺の姿がしっかりと映し出されている。
それに気づいた途端、胸が高鳴った。
自分のその感情の変化を理解した瞬間、俺の中の靄が一気に晴れ渡ったようだった。

「…そっか、」

ヒロト、わかったよ、そういうことだったのか。
佐久間の瞳を見つめ返し、そうして俺は思わず頬を緩めた。

「ありがとう、佐久間」

そう言えば、佐久間は小さく首を振り、その橙色の瞳を細めた。

「いや、俺こそ礼を言う」
「?」

自分が感謝こそすれど、佐久間が俺に感謝することなどあっただろうか。
考えてみてもなかなか思い付かずに、降参して佐久間を見遣ると、佐久間は思い出すようにゆっくりと目を閉じた。
長い睫毛が、小さく震えた。

「緑川が、旅立つ前に言ってくれたあの言葉。あの言葉がずっと頭の中にあって、思い出す度に頑張ろうって思えたんだ」

だから、ありがとう。
瞼を開いた佐久間は、優しく俺に向かって微笑んだ。
その笑顔が嬉しくて、照れ隠しをするために慌てて手を振った。

「いやいや!そんな…、…でも、嬉しいよ。佐久間が少しでも、俺を考えてくれてたなん…」

そこまで言って、俺は我に返り、勢いに任せて自分の頬を叩きつけた。
ぎょっとしたような顔で俺を心配そうに覗き込む佐久間に、大丈夫だと笑ってみせる。
そうすれば佐久間は、真剣な顔で呟いた。

「緑川って変わってるな」
「え、そうかな」

思わず自分の顔を押さえると、佐久間は堪えられなくなったように頬を緩めた。
その笑顔を見て、綺麗だ、なんて思って。
こんな事を口を滑らせて本人に言ってしまったら、気分を害してしまうのだろう。

「あ、佐久間。良かったらメアドとか教えて」
「ん、ああ、わかった」

馴れ馴れしすぎただろうかという懸念も杞憂に終わり、自分の携帯に送られてきた佐久間の番号を見て、少しだけ優越感に浸った。
ふと顔を上げれば、佐久間の橙色の瞳と目が合った。
そうして、二人同時に笑った。
目の前の笑顔を見ながら俺は、あの日のあの短い会話が無ければ、今に繋がってはいなかったであろう事に感謝した。
そして同時に、初めて自分に向けられた優しい笑顔に対する嬉しさと、彼に抱いてしまったこの気持ちは、当分の間は秘めておこう、そう思ったのだった。




∴ 急がば、回れ
(いつか来るであろう、その日を胸に描いて)

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企画提出/「眼帯症候群」様へ



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