今日、私の友達が結婚する。
二人とも、私の大切な友達。



今から七年前、高校2年になった私は、進学した学校でもサッカー部のマネージャーをしていた。
何も変わらないまま、あの人への想いも全て、私の時間は14歳のあの頃のまま止まってしまっていた。
私の回りを流れる時間はどんどん移ろい流れていっているというのに、木野秋という少女は成長などしていなかった。

『秋、』

円堂くんと夏未さんが付き合い出して、私は置いてきぼりを食らったような気持ちだった。
私が、円堂くんへの想いを捨てられずにいたからだ。
私はなんて卑怯なんだろう、なんて嫌な女なんだろう。

『秋、好きだよ』

二人の朗報を聞いてから一週間ほど経った頃、一之瀬くんから電話があった。
受話器の向こうの彼の声は、少し震えていて、だけど今の私にはそんな彼の気持ちに答える資格なんてないと思って、返事が出来なかった。
そして、酷く自分を嫌悪した。
醜い自分が嫌で、嫌で、たまらなかった。

「円堂くん、」

だから、自分の想いにケリをつけようと決めた。
部活が終わって、夕日の射す帰り道、歩く貴方の後ろ姿を呼び止めて。
振り返る貴方の姿は、私が記憶していたものよりも幾分か大人びていて。
ああ、私はもう追いつけない。
そう思った。

「どうしたんだ?」

不思議そうに顔を覗き込んでくる、そういうさりげなさは昔から変わっていない。
ちくりとする胸の奥を静めて、私は円堂くんを見上げた。
同じくらいだった身長も、今では円堂くんの方が上になっていた。

「私、円堂くんが、好きだよ」

円堂くんの真っ黒い瞳が見開かれた。
その反応に、やっぱり、という気持ちが込み上げてきた。

「秋、」
「でもね、もういいの」
「え?」

円堂くんの姿を見て、その反応を確認して、私はもう決心出来た。
伝えられて良かった、それだけが身体の隅々に行き渡っていった。

「円堂くん。夏未さんを泣かせたら、ダメだからね」

そう言えば、固まっていた円堂くんは困ったように笑った。
早く行ってあげて、とその背中を押せば、円堂くんは慌てたように駆け出した。
だけど、数歩進んだ円堂くんは唐突に立ち止まると、私を振り返った。

「秋!ありがとな!」

思わず喉を鳴らした。
変わらない笑顔を見せ、そして駆けていく彼を捉えたまま、私はきつく掌を握りしめた。

「…ずるいよ、」

最後まで、貴方は分かってはくれなかったね。
でも、それでいい、それでよかったの。
涙が頬を伝う感触がする。
けれど私は、それを拭わないまま、小さくなっていく円堂くんの姿を、ずっと見送っていた。



ねえ、円堂くん。
私、貴方に出会えて、貴方を好きになれて、貴方の隣にいることができて、すごく、すごく幸せでした。変わることなどないのだと、信じて疑わなかったくらいに。
だから、円堂くん。
今度は貴方が選んだ、貴方の隣にいるただ一人のその人を幸せにしてあげてね。精一杯、愛してあげてね。
私は、貴方のその前向きな所が、その太陽のような笑顔が、忘れることなんてできないくらいに好きでした。大好きでした。
貴方の隣は、もう私ではなくなってしまったけれど、それでも幸せだったと、胸を張って言えるよ。
ありがとう、円堂くん。
貴方を好きでいさせてくれて。
貴方と過ごした日々は、私のかけがえのない宝物。色褪せることのない、たった一つの宝物。
だから、もう大丈夫。
輝き続ける宝物を胸に、私はきっと歩いて行ける。
心から、二人の幸せを応援するよ。





「あ、ほら!投げるみたいですよ!」

春奈ちゃんの声に我に返った私は、その指が示す先を見つめた。
純白のウェディングドレスは、よく見れば仄かにピンク色を宿していて、夏未さんによく似合っていた。
夏未さんの手にしているブーケが、頭上に持ち上げられる。
なぜだかその姿が眩しくて、私は思わず目を細めた。

「あ、」

夏未さんの手からブーケが離れていった。
それはまるでスローモーションのようで、緩やかな弧を描いて宙を舞った。
そして色とりどりの花が散りばめられたそれは、真っすぐに私の手の中へと収まった。
隣の春奈ちゃんから歓声が上がると共に、ドレスの裾を軽く持ち上げて小走りにこちらに向かって来る夏未さんの姿が視界に映った。
それからすぐにこちらにたどり着いた、少し息の荒い夏未さんを目の前に、私は我知らず頬を緩めた。

「夏未さん、」

その呼びかけを聞いた途端、凛として背筋を伸ばし、私を見下ろす夏未さんの瞳はうっすらと滲んでいた。
手の中の小さなブーケを、少しだけ強く握りしめ、私はそれを胸の前に持ち上げた。

「結婚、おめでとう」

途端に、目の前の夏未さんの綺麗な顔が歪んだ。
ほら、せっかくのメイクが台無しよ。
そう言う夏未さんを見上げれば、夏未さんの頬も涙で濡れていた。
お互い様ね、どちらからともなくそう呟けば、流れる涙を止めることもなく、私達は互いに笑みを零した。




∴ さようなら、幼い恋心
(さようなら、14歳の私)



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