いつからだっただろう。
隣にいるのが当たり前で、いつも一緒にいて、気がついた時にはもう惹かれていた。
故に今こうして昼食をとるために二人で屋上に向かうという昔から変わらない習慣が続いていることに、すごく安心する反面、どこか物足りなさを感じていた。
ふと、視線を泳がせると鋭さを孕んだ橙色の瞳と目が合った。
まずい、と思うが早いか、階段の上で仁王立ちした佐久間が俺を見下ろしてきた。
踊り場に立つ俺は、そんな佐久間を見上げる形になっている。

「なあ、今の聞いてたか?源田」
「あ、ああ。今日のおやつはクッキーだぞ」
「いや全然違うんだけど。けどまあ、丁度クッキーの気分だったから許す」

そう言って踵を返した佐久間は先に上へと上り、屋上へ続く扉を開けた。
その後を追いながら、どうにかして先程の佐久間の話を思い出そうと頭を捻っていたが全く思い出す事が出来ぬまま、いつもと同じ場所に座って俺を待つ佐久間の元へと辿り着いてしまったのだった。

「…すまん佐久間、もう一度話してくれないか」

佐久間の隣に腰を下ろしながら殴られるのを覚悟で聞けば、意外にも佐久間はちらと俺を一瞥して、手にしていたパンの袋を開けただけだった。

「辺見がさあ、また彼女欲しいとかぼやいててさ」
「ああ…またか」

半ば呆れ気味に返せば、佐久間はパンを口にくわえて頻りに頷いた。
確か辺見は一ヶ月前もそんな事を言って、彼女が出来たはいいものの二週間も経たない内に別れていた。
しかし辺見のそれは日常茶飯事的なもので、常に付き合っては別れるの繰り返しだ。
そして大体別れる時に言われる言葉が「つまらない」らしい。
今も不憫に思うが、初めて聞いた時は本気で同情した。

「もうアイツ女運無いと思うんだよな」
「はは…それを言ったらおしまいだろう」

開いた弁当箱の中の卵焼きを箸でつまみ上げ口元に運ぶ。
口に含めば、ほんのりとした甘味が広がって、今日は成功だなと心の中で自画自賛。
しかし、次に聞こえてきた佐久間の言葉に俺は思考を止める羽目になった。

「そしたら辺見、『もう佐久間でもいいから付き合おうぜ』とか言い出してさ」

あはは、と笑っている佐久間を見つめた後、気がつけば俺は持っていた箸を投げ出して思い切りその華奢な肩を掴んでいた。
俺を見る佐久間の瞳が驚きの色に染まりながら見開かれる。

「それ、何て返事、したんだ」「…は?ど、したんだよ源田。何かへ…」
「何て返事したんだ!?」

自分でも驚くくらいの大声を出したにも関わらず、俺はそれを気にも止めなかった。
俺の気迫に押されたのか、佐久間は少し怯えた様に小さく口を開いた。

「返事、って…そんなの、断るに決まってるだろ…」

その言葉を聞いた瞬間、全身から力が抜けるのを感じた。
ほっと胸を撫で下ろすも、自分が作り出した今の状況を自覚した途端、血の気が引いた。

「…源田、お前、」

頭上から降ってきた静かな声に、後にはもう引けないと決心した。
顔を上げて佐久間の姿を真っすぐに捉え、渇いた喉から搾り出すように言葉を紡いだ。

「…すま、ん。俺は、ずっと前から、いや今でもお前が…好きだ」

はっきりとそう口にすれば、佐久間の表情は凍りつき、そうしてそのまま俯いてしまった。
氷色の髪と、その肩が震えている。
俺がその肩に手を伸ばそうと腕を上げた瞬間、なんだよそれ、という低い声が耳に届いた。
ハッとして思わず息を飲むと、佐久間がゆっくりと顔を上げた。

「我慢、してたのに。言葉にしたらいけないって、我慢して、」

佐久間の橙色の瞳から沢山の涙が零れ落ちていた。
それを拭うこともせずに、ただ嗚咽を繰り返す佐久間の肩を静かに引き寄せた。
小さな子をあやすように背を叩いてやると、佐久間は俺の首筋に顔を埋めてきた。
そんな佐久間の行動が嬉しくて、思わず笑みを零すと、顔を上げた佐久間に叩かれてしまった。
左手で叩かれた頭を押さえながら、右手をまだ涙が渇ききらずに残っている佐久間の頬に添えた。

「佐久間、好きだ」

小さな両手で俺の手を包みながら、ゆっくりと俺の胸にもたれ掛かって佐久間は俺も、と小さく呟くと優しく微笑んだ。




∴ 甘い言葉を囁いて
(伝えたかった思いを、何度でも)

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相互記念/ごまみ様へ



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